あのまま、俺はこいつの部屋にいる。
お互い、無言。
多分、こいつは待ってるんだろう。
俺が、歩み寄ることを―――
けれどもそれは、きっとない。
………………………………………………はずなんだ。
君で変わっていく10のお題
「………………………」
「………………………」
沈黙が俺たちの間にあった。
テーブルを挟んで、俺たちはソファで向き合う形で見詰め合う。
逸らしたら負け。
そう、思った。
「お前なー………ちょっとは気を抜けよ」
「……マフィアのアジトで気を抜く馬鹿がいるか」
視線を逸らさないまま、こいつは俺に話しかけてくる。
それも、くだらないこと。
気を抜くなんてことは、信用できる奴しかしない。
ここに滞在することは、こいつの勢いに押されて許してしまったが気を抜くまでは許していない。
ああそうだ、また俺はここを出て行く。
一人で、
生きていくんだ。
そう思わないと、俺が成り立たない。
俺が崩れてしまう。
「がその馬鹿になれよ」
「そんな義理はない」
俺が言葉を返すと、こいつはまた苦笑する。
困ったように笑うところまでアイツにそっくりだ。
そっくり過ぎて、あのときを思い出しそうで。
だから、こいつが嫌いだ。
似すぎている、こいつは嫌いだ。
「なら、ならなくてもいい。代わりにこれを見ろ」
こいつには珍しく、引き際が良かった。
代わりに、と示されたのは糸に吊るされた五円玉。
日本でよく見るそれは、イタリアのこの地にとても不似合いだった。
眉間に皺が寄っていると思うが、俺はそれをしぶしぶ見つめる。
それは俺の目の前で、ゆらゆらと右へ左へと揺れた。
その五円玉がヤバイ、と俺が気づいたのは眠気が俺を襲ってきてからだ。
「てめ……っ、これ…は………!
初歩的な催眠術。
普段、かかることのないそれに俺は掛かっていた。
瞼が重い。
同じように身体も重い。
霞んだ視界に入るのは。
アイツと同じ、金色の髪―――
そして、困ったような笑みだった。
「手間をかけたな」
ソファに横たわるに近づき、俺はその黒い髪を撫でた。
俺と出会う前も同じくらい気を張っていたのだろう。
そしてそれも限界に近づいていた。
だから、俺のお遊びの催眠術にも掛かった。
しっかしまぁ……見事な掛かりっぷりだったな。
けれどもそれは、それほどまでにこいつが精神的に追い詰められていたということだ。
出会って、数時間。
まだ間もないうちに、俺はこいつ……に惹かれていた。
俗に言う、一目惚れってやつだ。
普段は毛を逆立てるプライドの高い猫のようだが、寝てしまうとかなり無防備。
こいつをさっき、野良猫と称してしまったが本当は飼い猫だったんだろう。
そして、は何かを失った。
こうして追い詰められるまでに、大事なものを。
「にしても。俺も厄介なヤツに惚れたなぁ……」
よいしょ、とを抱き上げて顔をまじまじと見つめる。
綺麗な顔だ。
強気で、誰にも靡かないこいつ。
それを手に入れたいと思うようになったのは、出会ってすぐ。
まだ何も知らないが、それもそのうち分かるだろう。
、日本人。
ただそれだけのデータをロマーリオに教え、探させている。
がカフェで見せたあの能力。
あれは俺たちの<世界>で十分通じるものだ。
の正体を知るのが楽しみだ。
俺は知らずのうちに笑みを浮かべ、足でドアを開いた。
腕には。
背のわりに、体重は軽い。
筋肉は適度についているな。
でもちゃんと、食べているのだろうか。
そう思いながら俺は、自分の寝室へと足を向けた。
ベッドにを下ろし、ついでとばかりに俺も同じベッドに潜り込む。
寝苦しいだろうから、のシャツのボタンを少し緩めさせてもらった。
それでも起きないに苦笑しながら、腕に抱きこんだ。
抱き心地良好。
しばらくそうしてぎゅーっと抱き締めていると、が動く。
起きたらやばいだろうなぁ、この状況。
殴られるor蹴られるは必須だな。
そう思って覚悟していると。
「ア、ル………」
ぽつりと呟かれた一つの名前。
はそのまま、俺の胸に顔を寄せる。
そして、もう一度。
「アルジェント………」
今度はやけに甘い声で、は呟く。
その声に触発されて―――そのアルジェント、ってヤツに嫉妬した。
がその名前を呟いたのはそれっきり。
夢も見ない眠りに入ったのだろう、の目尻には少し溜まった涙があった。
アルジェント……それが、の失くしたものなのか。
俺は静かにケータイを開くと、その名前との名前を伝える。
何者なんだ、アルジェント。
の………何なんだ。
俺はそう考えながら、傍らのをもっと自分の方へと引き寄せた。
傍らで眠る、暖かな存在