季節は、春。
が、実際はまだまだ寒い三月上旬。
は日本に降り立っていた。
向かう先は氷帝学園――――じゃなくて、花屋。
「すいません」
「はーい」
奥から出てきた店員に、はにっこりと大きな花束を一つ注文した。
ついでに、配達の時間と場所を指定して、そこを去る。
店員はひどく困惑していた。
(なんで、学校に花束……………)
メモされた場所は、都内の氷帝学園高等部体育館。
確か今日は、卒業式じゃなかろうか。
そしてついでと言わんばかりに、手紙も託された。
これはあれか。
自分に卒業式に花束と手紙を届けろと言うことか。
若い店員は溜息をつくしかなかった。
(郵便屋さんでも配達屋さんでも無いんだけど………)
しかし受け取ってしまったお金は割り増しされている。
店員は、いそいそと配達の準備をし始めるしかなかった。
「お久しぶりです、榊先生」
「元気そうだな」
は花屋に行ったその足で、中等部に来ていた。
もちろん、それは同僚たちや恩師である榊に会うためである。
久しぶりに訪れたここは、が去った日から変わっていない。
はあちこちに見える面影に、微かに笑った。
目の前にはコーヒー。
榊が淹れてくれたものだ。
「これから先はどうするつもりだ?」
「…中等部に戻りますよ。職業は教師ですから」
その手続きも向こうで終わらせました、と呟くは前よりも知的な印象が伺える。
余程向こうで勉強してきたのだろう。
穏やかな雰囲気は変わらないが、どこか以前と違って見える。
「高等部は卒業式だそうですね」
「ああ。私は後から顔を出すが……はどうする」
「遠慮しておきますよ。荷物の整理なんかがあるので」
榊にとって、それは意外だった。
イギリスに行く前、あれほど跡部や忍足を始めとした生徒たちに懐かれていたのだ。
だから、てっきり卒業式に顔を出すものと思っていた。
「でも、テニス部でまた卒業パーティーなどあるんでしょう?だからそのとき顔を出します」
「そうか。そのときは連絡しよう」
「ありがとうございます。またよろしくお願いします、榊先生」
彼はそのまま母校を後にした。
バスで帰ろうと思うため、その足取りは速い。
だが、そんなの足も『氷帝学園高等部卒業式』と看板の立てかけてある校門の前で止まる。
誰もいない、校庭を歩き、開放されている体育館を少し覗く。
ちょうど、答辞をしているところだ。
壇上に居るのは―――――跡部景吾。
『この良き日に無事、卒業を迎えられたことを嬉しく思います。来賓の方々、ならびに―――――』
その、見違えるような彼に在校生・卒業生・保護者を問わず見惚れている。
は中等部の頃と変わらない光景に苦笑し、卒業生の座る席を見回した。
―――あれは、滝くんと宍戸くんだな。
あっちは向日くんと………芥川くん。
皆、背が伸びたな…………。
後ろ姿だけでどの生徒が誰なのか、すぐ分かってしまう。
それでも中等部の頃とは違う、雰囲気を彼らがそれぞれ持っていることが分かった。
その中で一際、目立つ彼はすぐ見つかった。
忍足侑士。
跡部と同じく中等部の頃とは成長した感覚を受け取れる。
二人は恐らく、大学に進学するのだろう。
景吾はきっと、経済学部。
侑士は…………医学部、かな。
妙な懐かしさを覚え、は目を閉じた。
ほんの少しだけ、低くなった跡部の声。
それが月日を感じさせる。
心地よい声だった。
はその声が途切れたのを知ると、もう一度だけ跡部を見、忍足の後ろ姿を見た。
月日を感じさせるなァ
そんな年寄りめいたことを呟きながら、は今度こそバス停に向かう。
「忍足」
「なんや、跡部。ファンサービスはもうええんか?」
「それはお前もだろ。……それより、だ。卒業式………がいただろ」
「へ?」
卒業式後、互いに逃げあって辿り着いた場所に、二人はいた。
遠くでは二人を探す女生徒の声が聞こえる。
「、さんが……?そりゃ、花束と手紙は届いたって俺は聞いたんやけどそれは初耳やで」
「だろうな。がいたのは俺が答辞しているときだ。もっとも……あいつが見えたのは一瞬だけだけどな」
跡部はそのときのことを思い出す。
答辞途中、見回した体育館内。
そこで見つけた、忘れるはずも無い初恋の人。
本気で、驚いた。
走り出したくなったが、跡部はもう子供ではない。
ぐっとこらえ、卒業式を過ごしたのだ。
見つけた喜びを、噛み締めながら。
「俺は行くで、跡部!」
跡部がそんな回想に浸っていると、忍足が駆け出した。
どこに行くのか、主語が無くても分かる。
抜け駆けした忍足を追いかけ、跡部も走り出した。
気持ちは一緒。
逸るこの想いはもう、止められない。
あの人の元へ
約束を果たしに――――行こう!
この関係は曖昧でもいいから、
はやく、はやく。
そうして開いたマンションの扉。
その向こうで――――彼は微笑んでいた。
「 ただいま 」
「「……………ッ!」」
曖昧で、掴めなくて、境界線の無いこの関係
やっと掴めた
「「 お帰り、――――― 」」
果たされた約束
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