「あ、それあっち」
「ウス」


「リョーマの部屋はそこ」
「ん」


「で、これはここ……っと」


の指示で着々と進む、新居への引越し。
ようやく見つけた新しい家に、は満足そうである。
それもそのはず、が引っ越すことを決めたのは一昨日。
元々、『組織』に部屋を知られていた上に荒らされていたこともあり、引越しはリョーマとの間で既に決定事項だったのだ。
なによりが満足そうなのは、ここが格安で手に入れられたことにある。
裏のその手の人物に価格はいくらでもいい、という理由で探してもらった新居。
多少の値が張ることは覚悟していたのだが、その家の持ち主が常連の客であり。
これでいいのか、という破格の値段で家を売ってくれた。


にしては珍しくいい買い物だったよね」
「珍しくは余計だ。…でも確かにいい買い物だったな。榊さんに感謝しないと。樺地も手配してくれたし」
「ウス」


この場にいる引越し手伝いの樺地も、実はというと榊の手配だ。
跡部財閥にも多大な影響を及ぼしているらしい榊は、どう手を回したのか総帥のボディガードである樺地を遣してきた。
あの跡部がそう簡単に頷く姿は想像できないが……そこはビジネスの世界。
色々あったんだろうなぁ、と適当に解釈して引越し作業を黙々と続けていた。


「よ、捗ってるか?差し入れ持って来たぞー」
「サンキュ。ちょっとごたごたしてるから、そこのテーブルにでも置いといてくれ」
「了解。さっさと運べよ、長太郎ー」


遥か後方でやけに重い荷物をのたりのたりと運ぶ鳳。
そんな鳳に、玄関のドアから顔だけを覗かせ宍戸が言葉をかける。
無慈悲なその言葉にも、鳳は丁寧に頷いた。


「………うっわ、悲惨」
「同感。ちょっと長太郎の扱い酷くね?」
「いつものツケだから気にすんな。あ、ちょっと台所借りるぞー」


いつものツケ、とは鳳が店でミスした数のことだ。
主なミスには、オーダーミス、食器の壊し、etc........
そのツケを今、一気に払っているという状態だ。
宍戸はそのまま、涼しい顔でキッチンに向かう。
何か作ってくれるつもりなのだろう。
鍋やフライパンの類は同じダンボールに入っているので、彼ならきっと見つけ出す。
そうあたりをつけ、三人は作業へと戻る。
元々、二人の荷物はそんなに多くない。
樺地が大いに真面目に動いたのか、リョーマが積極的に動いたのか分からないが鳳が辿り着く前にすべてが終わっていた。
そして鳳がやっとの思いで家に入ったとき、四人はリビングでサンドイッチを摘んでいた。


「「「お疲れー」」」
「………お疲れ様です」


呑気な一同に、鳳は涙が出そうだ。
自業自得とはいえ、かなりの重労働だったのだ。
そんな鳳の背後から、二つの顔がひょっこりと。
唐突に顔を出す。


「さっすが、たち。立派な新居だねぇ!」
「ホント、ホント。羨ましいにゃ」


呼ばれていない珍客が二名。
ニギヤカ担当、千石清純と菊丸英二だ。
場所を知るはずの無い二人がリビングに登場し、とリョーマは唖然とする。



「「なんでお前ら<アンタたち>がここに!?!?」」


動揺を隠せない、二人。
できるならこのコンビを呼びたくなかったのだ。
家を知ったら、ご飯にたかりに来るだろうし、泊り込むだろう。
そんな事態はなるべくなら避けたい。
それにこれからは『組織』がどんな動きを見せるのか分からないのだ。
容易に事情は話せない。


「俺たち、たまたま道端で会って話してただけだったんだけど」
「鳳くんが重い荷物背負って歩いてるのを見てね――――」


「「面白そうだから尾行してみました☆」」


グッと親指を立てる二人に殺意を覚えたことがあっただろうか。
いや、ない。
とリョーマは『星』を出そうとするのをこらえた。
あはは……と笑う千石と菊丸はそのまま、サンドイッチを摘む。
それを止める人物は誰も、いない。
溜息をつきながら、は二人へ質問した。


「暇人の清純は置いといて。菊丸、お前は巡業中じゃなかったのか?」
「暇人は無いでしょ、暇人は。これでも苦労してるんだよ?」
「苦労してるヤツが食事をたかりに来るな。………で、どうなんだ?」


菊丸は、全国を回るサーカス団の看板といっても過言ではない。
ここが本拠地であるため、いるときは多いが今頃は確かいつも他の地域へ行っていたはずだ。
その菊丸がなぜ、留まっているのか。
には理由が見えなかった。


「あー…それなんだけど――――解散しちゃったv」
「解散、って………マジで?」
「大マジ」


あの人気サーカス団が解散―――その事実は千石以外、まだ誰も知らなかった。
宍戸も鳳もリョーマも樺地もびっくり仰天だ。
更にがその理由を問い詰めると。


「それがさ、うちの団長兼相方がどっかの会社に引き抜かれちゃって。それではい、お終い。俺も就職先探してるんだけどさ〜、中々見つかんないんだよね、これが」
「まぁ……裏の方はほぼ『星』持ちの奴らが活躍してるしな。俺たちも情報屋と仲介屋やってっけど、店の方がほぼメインだし」


同じ『星』持ちでないことに共感したのか、菊丸と宍戸は互いに話している。
『星』持ちの身である他のメンバーはなんというか……居心地が悪い。
そのうち、宍戸と菊丸は妙に意気投合して。
いつのまにか、店の方に雇うことになっていた。


「マジ!?マジでいいの!?」
「ああ。 た だ し ! 客を煽るな、物は壊すな。菊丸は人当たりがいいみたいだからほぼ接客に回すぞ」
「俺、器用だから大丈夫って!!」


とりあえず、問題は一つ片付いたようで。
千石と菊丸を床に座らせ、たちは丸くなるようにして顔を付き合わせた。


「………まあ、ここまで来てしまったことは不可抗力だということにしておく。けれどもこの約束は守れよ。俺たちの命にも関わるし、多分お前らもタダじゃすまない」
「100%断言できるね、それは。なんたって相手が相手だし」


とリョーマのただならぬ表情に、初めて事情を聞く二人はおちゃらけた表情から一変し真剣な表情になった。
既に知っている宍戸と鳳、樺地も聞き流す気はないようで静かに耳を立てている。


「お前らも知ってるだろ?あの跡部財閥とブルーコーポレーションの事件」
「知ってる知ってる!」
「大騒ぎだったしねー」
「ぶっちゃけると、俺たちはあの事件の当事者だ。あとは――――言わなくても分かるよな」


千石はと同時期にこの裏の世界に住み着き始めた人物だ。
濁るような言い方でも、の言いたいことはすぐに理解できた。
菊丸も同様。
元々そういうことには鋭い方あるしで、全国を回って鍛えた情報収集能力は伊達じゃない。
最も―――『組織』のことは二人とも知る由は無い。
ただ、相当やばいということは分かっていた。


「……ん、分かった。俺と菊丸くんもこっちに来るのは考慮するよ。何か変わったことがあったらすぐ知らせるしさ」
「俺も俺も。には助けられたし、あんまり役に立たないかもしんないけど頑張るよ」
「―――ありがとな」


微かに笑うと、は二人の頭を撫でた。
それを二人はくすぐったそうに受ける。
いつも騒いで迷惑をかけているが、なんだかんだいって二人は“仲間”だ。
最大級の信頼を寄せている、といってもいい。
それがの感謝のきもち。


「それと―――樺地」
「ウス」
「この家のこと………景吾には内緒な。榊さんはもう知ってるけど、あいつに知れたら厄介だ」
「ウス!」


力強い返答に、は満足する。

こんなヤツが景吾のボディガードだなんて…………むしろ、俺がほしい。
なんか癒されるんだよなー…………樺地って。



そんなことを考えるは、幸せだった。







そうして一同は徹夜の宴会に流れ込んでいく。








 







 




















風が吹いた。

一陣の風。

紫煙をたなびかせ、同時に銀の髪も揺れる。




――――彼はただ、つまらなさそうに夜空を見上げていた。