「訳は分かった。…けどな、この状態はなんだ?」
宍戸はから事件の経緯を聞くと、目の前に広がる光景について問いかけた。
現在、『ICE』は臨時休業中。
それだというのに、店内には人が多数、いた。
は勿論のこと、パートナーであるリョーマ。
それに、跡部と手塚だ。
四人のぼろぼろな様子に、鳳と宍戸は互いに溜息をつくしかない。
「何って、見ての通りだけど?」
それ以外、何があるのかとの代わりにリョーマが答える。
手には、消毒液。
たくさん作った擦り傷、切り傷にリョーマたちは消毒液を使い治療していた。
「そうじゃなくて、なんで態々ここに集まったのか聞きたいんですけど…」
人数分のアイスコーヒーをテーブルに置きながら、鳳は遠慮がちに言った。
それでなくとも、手塚からは気難しい感じがし、跡部に至ってはかなり不機嫌なのだ。
鳳が遠慮するのも無理はない。
「悪いな。ここぐらいしか行くとこなくてさ。俺の家はでかい奴らはあんまり入らないから」
「そうそう。でかいのがいると狭いしね。ただでさえ、狭い部屋なのに」
余計な一言付きのリョーマをは軽く殴った。
ほのぼのとした雰囲気が、この場に流れる。
だが、それを破ったのは跡部だった。
「くそっ、こんなところで和んでられるか!!」
そう言い、卓袱台返しの要領で跡部はテーブルを蹴った。
テーブルはひっくり返り、当然、上に載っていた飲み物も見事に零れる。
グラスやカップは殆ど、割れてしまった。
そしてその中身を真正面から受けたのは、手塚だった。
跡部は舌打ちをし、『ICE』から出て行こうとする。
「跡部!!」
そんな跡部を引き止めたのは、シャツをコーヒー色に染めた手塚だった。
腕をがしっと掴み、引き止める手塚の腕を跡部は振り払おうと腕を動かそうとした。
が、それ以前に。
の拳がとんだ。
左頬にそれを受けた跡部は、予想外で体勢を整えられなかったせいか壁に身体を打ちつけた。
少々、びっくりした様子の跡部の前に、は立つ。
跡部を見る目は、冷ややかだった。
「怒らせたね」
「ああ……完璧にな」
鳳から渡されたタオルを頭に被った手塚と、無事に生き残っていたファンタを飲んでいるリョーマが状況を冷静に解説していた。
宍戸もリョーマと手塚の言葉に深く頷く。
「ありゃ完璧に怒らせたな」
「……怖いんですか?」
しみじみと呟く宍戸に、鳳は聞いた。
鳳はまだ、が怒ったところを見たことが無いのだ。
「あー…まあな。ちょっと本気で怒ってるぐらいで、そんなに怒ってはないみてーだが」
宍戸は対して興味無さ気に答え、洗い終わったコップを拭き始めた。
一方の、たちは。
「…てめぇ」
唇の端に僅かに滲む血を手で拭い、跡部はを睨みつけた。
そんな跡部の襟首を、は掴みあげる。
それこそ、どこにそんな力があるのかと思わせるような軽々とした感じで。
「和んでいられる場合じゃない?じゃあなんだ。そのままあいつらを追いかけろとでも?」
「そうだ。どちみちここで寛いでる場合じゃねぇ」
掴みかかられたまま、跡部は言葉を口にした。
が、それはの怒りを煽るだけで。
「……跡部財閥総帥とも在ろう人物が、判断力を失くしたか?」
「どこ見て言ってやがる。俺は十分、冷静だ」
「どこがだよ。自分の内に聞いてみな」
跡部の襟首を離し、はつかつかとカウンターに向かった。
そこで、宍戸がの予想を読んだかのようにバケツ一杯の水を差し出す。
それを無言では受け取ると、バケツを思いっきり跡部に掛けた。
ぽたぽたと髪やスーツに水が滴る。
予想外の行動に、跡部は目を見開いていた。
「侑士と不二の本当の『星』の力。プラス、絶滅したといわれるあの竜。あれは気性の荒い火竜。
……少数だけど、力は強い。
対する俺たちは、まともに動けたのは俺だけ。リョーマ、景吾、国光はダウン。
……仮に景吾とリョーマが戦えても、その力の差は歴然。それにな、俺たちにはもう一つハンディがあったんだ。
お前らは気づいてなかったかもしれないけど――――」
リョーマと手塚を見、跡部に再び視線を戻しては告げる。
自分たちが知らずのうちに背負っていたものを。
「あの時、俺たちには人質がいた。跡部財閥とブルーカンパニーの社員たちがそれだ」
「「「なっ!?」」」
の言葉に、跡部のみならずリョーマと手塚も反応した。
三人ともそんなことなど気づきもしなかったし、予想もしていなかったのだ。
「気配を無くした『組織』のやつら……多分、幹部クラスだろうな。あいつらはリーダーである不二と侑士の命令一つで会社を破壊することができたはずだ。
それこそ、俺たちごと」
続けられたの言葉に、更に絶句する三人。
それもそのはず、三人はそれぞれ忍足と不二を相手にすることに精一杯で、他の奴らの気配すら気にかけなかったのだ。
リョーマなど、向かう途中に妨害されたというのに、その可能性も考えず。
今更ながら、三人は己の浅はかさを悔いた。
会社のトップたる者が、社員を命の危険に晒していたなんて―――
「分かったか?自分の思慮の足りなさ。それに加えて、冷静さを欠いた景吾がそのまま『組織』に突っ込んでいったら?
跡部財閥は終わりだろうな。もしかしたら、乗っ取られるかもしれない。それこそ、『組織』の思うままだ」
そこで話を区切ると、は目を閉じた。
すぐに目は開いたが、その時は先程までの鋭い雰囲気は無く、いつものがいた。
「…ま、最悪の事態が起こらなかったんだ。もうちょっと、ゆとりを持って考えるべきだ。
次、奴らが来たら対抗できるように。会社も立て直さないといけないだろう?」
「………そうだな。不二たちが奪ったデータをすぐに調べ上げないといけない」
「やることは一杯あるってことだね」
明るい雰囲気に戻る、『ICE』。
見守っていた宍戸と鳳もほっと胸を撫で下ろした。
だが手塚とリョーマが立ち直っている間、跡部は水を浴びたまま座り込んだままだった。
はそんな跡部に、タオルを頭から被せる。
世話が焼ける奴、と呟きながら。
「五月蝿ぇよ。お前が勝手に水を被せたんだろーが」
その呟きを聞き取ったのか、跡部はいつも調子でに言葉を返した。
だからお前が拭いて当然、と態度で表す跡部には苦笑しながら、わしゃわしゃと跡部の髪を拭く。
タオルを取れば、綺麗にセットされていた髪がぐしゃぐしゃになっていた。
「どうしてくれんだ、この髪」
「別にどうもしないけど?それでいいじゃんか。ワイルドでいいかもよ、跡部様」
女性全般に言われている名では跡部をわざと呼ぶ。
にやりと、してやったりという笑顔で。
そして跡部が動く前に、は再び跡部にタオルを被せた。
髪以外の部分は自分で拭け、という意味。
跡部の自業自得なのだから仕方ないだろう。
で、はそのまま、手塚がいる方へ向かった。
「国光、悪いな。シャツ、汚して」
「いや、気にしていない。あれは跡部が悪いからな。後で跡部財閥宛に請求する」
「お、それいいな。俺たちも請求するか、長太郎」
「そうですね。結構、このグラスとカップ、高かったので」
手塚の言葉に宍戸が便乗し、鳳も賛成する。
跡部のポケットマネーから減ることは間違いなしだ。
三人の言いように、はくすりと笑いを漏らした。
リョーマもやがて話に入り込み、跡部まで入ってきて。
それぞれ、楽しい時間を過ごすことができた。
先程のことなど、頭の片隅に追いやって、それぞれが楽しむ。
他愛も無い話、友人との交流。
みんなとこの時を過ごしながら、この安息が長く続くことを、は祈っていた。