跡部財閥でそんなことがあった頃。
はブルーコーポレーションへ向かっていた。
妨害もなく、順調に進んでいくが、はそのことに違和感を覚えていた。

(おかしい……。まるで、誘導されてるみたいだ)

そんなことをは思い始めていた。
“Dark Blue”は既にカグやたちの行き先を知っている。
否、知っているという表現は正しくないだろう。
彼らは、自分からカグやたちに教えてくれたのだから。
もしも、に本当に来られたくないのならここで仕掛けてきてもいいはずだ(現に、リョーマは奇襲を受けている)。
何かを起こそうという気があるのならば、邪魔なとリョーマ……つまるところ、『Shine Night』を足止めしておくべきだ。
このことぐらい、誰しもが気づくだろう。
仕掛けてこないのは、こちらの裏をついているのか。
こちらの力量を取るに足らないと思っているのか、それとも本当に、“誘導”しているのか。
この三つだろうとは予測する。
そんな考察をしながら、はブルーコーポレーションに入った。
入ってすぐの受付に向かい、受付嬢に営業用の笑みを見せ、期間限定で通用するIDカードを見せる。
そしてそのまま、エレベーターへと向かおうとした。


「お待ちください、さま」


だが受付嬢に呼び止められ、足を止める羽目になる。
何か不備があるのかと思いつつ、受付の方へ戻ると、受付嬢はその仕事にふさわしい笑みを見せた。


「不二さまより、言付けがございます」
「不二から………?」
「はい。第二応接室でお待ちください、と」


は思わず、眉を顰めた。
今までここに通っていたが、応接室に通されたのは最初の一回だけだ。
後は全て社長室に直通であり、それが今になって応接室へ行けと言う。
が眉を顰めるのも無理はないだろう。


「用件が何か?」
「はい。ご相談があるそうです」


相談となると、会社のことだろうか。
そろそろ近づいてくる決算のことかもしれない。
いや、この間の企画についてという線もある。
心当たりはたくさんあった。
取りあえず行ってみるか、と思いは受付嬢に礼を告げ、エレベーターへと乗り込んだ。
いつまでも慣れることのない浮遊感。
それをに感じさせながら、エレベーターは無事、社長室と応接室があるフロアへと辿り着いた。
物音一つしないそこは、まるでこのフロアに以外、いないかのようだ。
ますます怪しく思いながら、は取りあえず、指示された第二応接室に入った。
入ったはいいが、そこには誰もいない。


「一体、なんなんだ…?」


思わずそんな呟きが零れてしまう。
身体をソファに沈め、リョーマの方は大丈夫なのだろうかと心配する。
手は自然と『月の涙』が消えた己の首筋へと向かう。
相変わらず、『月の涙』は何の反応も見せていない。
本当にそこにあるのかと疑ってしまうほどだ。
そんな時だ。
ドーンという大きな音が聞こえたのは。
爆発音とも聞き取れるそれに、は職業柄、すぐに反応した。
音は隣の社長室からする。
よく耳を澄ませば、小さな爆発音も多々聞こえてきた。
は“組織”が仕掛けてきたと確信を得ると、ドアに向かう。
ドアノブを回すが、回るだけで、開いてはくれなかった。


「嵌められたか……!」


今更になり、自分がおびき寄せられていたと分かった
となると、“組織”のリーダーはあいつだ。
は舌打ちをし、を呼び出した。


「“光鍵”」


一筋の光がから出た。
それはドアを貫通していく。
そして、1秒もかからないうちにドアはかちりと音を立てた。
それを聞き、は笑みを浮かべる。
先程のの技は、が生み出したちょっとしたものだ。
光を鍵を開けたいものに貫通させることで、自動的に解錠する。
完全犯罪も可能な、鍵開けの技だ。
はそろりと応接室を出た。
向かう先はもちろん、社長室。
恐らく社長室も鍵がかかっているだろう。
だが、でいちいち開けている暇はない。
よって。


「実力行使、だな」


社長室の強固なドアを目の前に、は少しの助走を付けるため、下がった。
そして、狙いを定めて走り出す。
ドアにぶつかる直前。
は渾身の力を込めて右足を繰り出した。
バンッと凄まじい音がし、ドアが開く。
ドアは既に金具がはずれている状態で、の足に踏まれている状態だ。
だがはそれに気にせず、部屋の中心へと足をずかずかと踏み出した。
見つめる先にいるのは、それぞれの『星』を展開した手塚と不二。
手塚はけがを負っているのだろう。
左肩を押さえていた。


、来るなッ!!」


叫ぶ手塚。
意味深に笑う不二。
はそこから動かなかった。
しかし、不二の動きを見、今度はが手塚に叫ぶ。


「避けろ、国光!」


だが時は遅かった。
不二の蹴りを食らい、手塚は見事にソファまで吹き飛ばされる。
ソファの背にぶつけたのだろう。
手塚は咳き込んだ。


「やっぱり、お前がもう一人の“組織”のリーダーか」
「ふふふ、にはやっぱり分かっちゃったか」
「殆ど俺に手がかりを教えておいて、何を言う」


楽しそうに笑う不二に対し、は冷静に不二を見た。


「一つ、聞かせて貰うが」
「何かな?僕が答えられることなら答えるよ」


やけにには優しい不二。
それにも裏があるのだろうとは分析し、油断を見せないようにと身構えた。


「俺をここまで“誘導”してきた理由。それを聞かせてほしい。というか、教えろ」


最後の方は命令形なの言葉。
それに気分を害することなく、不二は相変わらずの“笑み”を浮かべて答えた。


「ふーん、君にはあれが“誘導”だって分かったんだ?」
「当然。敵の襲撃もない。今まで通されたことのない応接室に通される。あまつさえ、そこに閉じこめようとする。これを誘導以外の何だと?」
「………それだから、かな」


不二の意味深な言葉。
でさり気なく手塚を癒しながら、しかし、不二から目は逸らさずに話の先を促した。


「その力、野放しにしておくのはもったいないからね。君を手塚が連れて来たとき、正直嬉しかったよ。マークしていた君が自分から来てくれたんだからね」


その言葉には眉を寄せる。
しばしの沈黙の後、は口を開いた。


「……今までの襲撃は力量測りか」
「察しが良くて助かるよ。僕たちの“組織”は人が多いけど、確かな実力の持ち主はなかなかいないからね」


だから、と不二が言葉を続けようとしたその時、は持っていたナイフを構えて不二の首を狙った。
別に、殺そうと思ってのナイフではない。
だが、それは間に入った人物により叩き落とされる。


「侑士………!」


はその人物を見、呟いた。
忍足はに名前を呼ばれ、笑う。


「人の話は最後まで聞かなあかんで」


の手首を痛いほど握り、はその痛みに瞳を眇めた。
今は分が悪い。
はオートで手塚を癒している途中だ。
隠し持っていたナイフも今は床の上。
他にも靴に武器は仕込んであるが、現状では使うこともできない。
その上、二対一だ。
勝敗は目に見えている。


「僕たちの“組織”においでよ、
「悪いようにはせんで」


だがそれに、が頷くはずがない。
は意味深な笑みを浮かべた。


「侑士も不二も忘れてないか?……この場に、もう一人いるってこと!!」


その言葉と同時に、傷が少し癒えた手塚の森羅の水が二人に降り注ぐ。
はその寸前に避わしたため、それがかかることがなかった。
すぐさま手塚の方へと跳び、は体勢を立て直す。
を呼び寄せ、は言った。


「“迅雷”!」


が空に差した指を下ろすと、人が死に至らない程度の雷が二人に落ちた。
水も被っているため、雷の伝導率はいい。
ぱりぱりと、二人の身体の表面を雷が走っていた。


「……ッ、ピリピリくるわ………」
「ほんと、油断しすぎたかな」


顔を歪めながら、二人は隣にあった植木鉢の木に触る。
身体の電気は、そちらへと流れていった。


「交渉決裂、やね。が来んのは勿体ないんやけど………ま、データを取れたし、ええか」
「そうだね。データを取れただけでも良しとしないと、僕たちの苦労が報われないよ」


くすりと笑いを漏らしながら、二人は会話する。
その会話を、は手塚と共に聞いていた。
データで何をするか分からないが、十中八九、良くないことだだろう。


「行かせるとでも思うのか」


手塚が肩を相変わらず押さえながら、二人に言った。
二人は傷を負った手塚を見、嘲るように笑う。


「思わないよ。でも君たちに分がないんじゃないかな」
「せや。まともに戦えるんは、一人。社長さんは傷を負っとるしなぁ」


それ、結構深いみたいやし?
と忍足も今の手塚の弱点を突く。
ぐ、と手塚は困った。
だがそれでも、二人を強く見据える。


「それでもだ。行かせるわけにはいかない」
「協力するぜ、手塚」


手塚の言葉の後に、跡部の声がした。
いきなりの乱入者に、と手塚はもちろん、忍足や不二もドアの方を見る。
そこには、息を乱した跡部とリョーマの姿があった。


「リョーマ………!」
「間に合ったよ、


いつもの生意気そうな、相手を挑発する笑みを見せ、リョーマは玉葉を構えた。
隣では、跡部が紫苑を呼び出している。


「忍足、どういうこと?」
「あー……根性で追いかけてきたみたいや」


あちゃーという感じで、忍足は額を抑える。
二人が来ることは、まったくの想定外だったのだ。


「これで形勢逆転だ」


も不敵な笑みを見せ、この場はカグやたちが有利であるかのように見えた。
だが、忍足と不二も余裕の表情。
何か隠しているのか、とは知らずのうちに眉を顰めていた。


「そっちが仕掛けてこないなら、俺たちから行くよ」


リョーマが言うと、跡部とけがを負っている手塚まで、それぞれの『星』を展開し、攻撃を仕掛けようと二人の前に出た。
しかし、の直感が行くなといっていた。
は急いで言葉を発する。


「行くな、バカ!!」


と、同時に。
大きな爆発音がした。
は目を思わず閉じる。
数秒経った頃だろうか。
ゆっくりと開けた瞳に目に入ったのは、倒れ伏すリョーマたち。
見たところ、気絶しているらしい。
身体にはそれぞれ細かな傷がある。
は三人に駆け寄ろうとしたが、嫌な予感がして、を構えた。
煙が、忍足と不二のいたところを覆い隠す。
それはゆっくりと晴れて、血のように紅い『星』が一つ、それと闇色の『星』が一つ、浮かんでいた。
そしてそれの傍らに立つ、忍足と不二。
いずれも、無傷だ。
彼らの足下には、『星』のカラのようなものが転がっている。


「器か……!」


器。
それは、『星』の本質を覆い隠すカラ。
器の中には、『星』そのものを変えてしまう物もあるという。
そして、器に入っている状態の『星』は名前も変化する。
契約したときの名ではない、仮名に。


には教えてあげる。僕の『星』は夕闇」
「俺の『星』は、紅蓮や」


すると夕闇と紅蓮は、くるくるとの周りを値踏みするかのように回った。
はそれにも動じするこなく、忍足と不二を見つめる。
三つの視線がそれぞれ、絡み合った。
抉れた場所からは、ぱらぱらという音がするが、それ以外は音はしない。
沈黙の状態だった。
やがて、の強い瞳に観念したように、忍足が頭を振る。


「今日のところはここまでやな」
「そうだね。取れるものは取ったし、目的達成ということでいいかな」
「………逃げる気か」


の言葉に、忍足と不二は二人して否定した。
未だに回っていた紅蓮と夕闇をそれぞれ呼び寄せ、二人はゆっくりとの方へと歩み寄ってきた。
だが、目的はではない。


「起き、玉葉」
「う………ッ!」


目的は、倒れ伏している、リョーマだ。
忍足はしゃがみ、リョーマの頬を軽く叩くことでリョーマの意識を覚醒させた。
痛みに呻きながら、リョーマは目を開ける。
そんなリョーマの髪を掴んで、忍足はこちらへとリョーマの顔を向けさせた。
それの痛みに目を眇めながら、リョーマは忍足を睨む。
は駆け出そうとしたが、不二の夕闇が生み出した闇に邪魔され、動くことができない。
どうやら声も吸収してしまうらしく、は見ているだけしかできない状態だ。


「『月の涙』、どこやったん?」
「言う、わけ……ないじゃん、か………」
「ええんか、それで。來鏡に言うで?」
「言えば………?」


滝が前に言っていた、“來鏡”という名前。
それが今度は、“組織”のリーダーたる忍足の口から聞いた。
つまりそれは、“組織”と関係があり、なおかつ、リョーマとも関係のある人物だということだ。
リョーマが前に言っていたパートナーの幹部かもしれないと、は予想する。
忍足はリョーマの言葉を聞いて、フッと笑った。


「今は言わんよ。“時”やないから。それまで、命を大事にしとき」


それまで掴んでいたリョーマの髪を離すと、リョーマはすぐに床とご対面した。


「リョーマ!」


を輝かせ、闇を半ば無理矢理に破った。
再び気を失ったリョーマの元へと駆け出し、はリョーマに異常が無いことを確かめる。


「僕の闇をも破る光、ね……」


破られた闇の残りを見て、不二が面白そうに呟く。
そんな不二の肩を、忍足が叩いた。


「そろそろ時間や。長居はできんで」
「分かってるよ。待っててもらう方も大変だしね」


忍足とそんな会話を交わした不二は、つかつかと窓へ寄って行く。
忍足もそれに倣い、窓へと行く。
一体、窓に何があるのだろうかとは思った。
そして、次の瞬間。
紅いものが窓の外を過ぎった。
大きな、大きな、人も乗れそうなものが。


「竜……?」


は知っていた。
それが何なのか。
それは、絶滅したといわれるもの。
思わずは、目を見張った。


「なんで……」


そんな言葉が漏れる。
それを聞き取ったのだろう。
に背を向けたまま、不二が笑った。


「行こう、イグニス」


不二がその紅き竜の名前を呼ぶと、イグニスは窓の前に身体を近づけた。
始めに不二がそれに飛び乗り、続いて忍足が飛び乗る。


「ほな、またな。玉葉と跡部によろしゅう言っといて」
「ああ、それとうちの社長にもね。……それじゃ、また」


二人はに“また”という言葉を残し消えた。
は、二人がイグニス……ラテン語で火と名付けられた竜が遠ざかっているのを見ているしか出来なかった。



謎は、深まるばかり。


彼らの目的は………?









【第一部 完】