「、これの統計資料あるか?」
「このフロッピーに入ってる」
「、この間言ってた企画書ってどこかな?」
「あれは不二のデスクの上。よく見ろ」
「ありがと。次から気をつけるよ」
この光景は、がブルーコーポレーションに契約社員として働き始めたころから見られるものだ。
社長である手塚も、その秘書である不二もを頼っており、が社長に見えなくも無い。
がやる仕事と言えば、資料整理や報告書、企画書の見直しなのだが、そのてきぱきとした動きから、初めは不信感を持っていた幹部たちからも信頼され始めている。
たかが契約社員一名が、会社を支えているといっても良いだろう。
だがは、表立った行動はしなかった。
他社との面談や交渉は、全て正規社員に任せている。
は密かにアドバイスをするだけだ。
「ほんと、が来てから助かるな」
「それはどうも。まあ俺も、お金貰ってるしな。当然の働きじゃないだろ?」
「いや、それでもの行動は会社に役立っている。これを見ろ」
休憩の途中、手塚が新聞を広げ、に見せる。
そこは、株式のページだった。
そうして手塚は、ブルーコーポレーションの欄を指差す。
そこだけ、大幅に上昇していた。
「が来てくれてからかな。上がり始めたんだよ」
ふふ、と不二が笑いながら言う。
はその欄のすぐ下、跡部財閥の欄も見てみた。
ブルーコーポレーションと同じく、上昇している。
その数値は、まったく同じ。
そのせいだろうか。
はこの上がり様を不審に思った。
(どこか……おかしい)
前までは、こんなことは無かった。
二つの会社以外にも、追いつこうとしている会社はたくさんある。
それだというのに、このブルーコーポレーションと跡部財閥だけが異様に上がっている。
否、上がっているのではなく、他が下がっているのではないか。
そんな憶測が頭を過ぎる。
「?」
「え、あ、そうか?他の人たちも頑張ってるから上がったんじゃないか?」
はっと我に返り、は不二にそう答えた。
気のせいか、と新聞紙を閉じ、は再び仕事へと取り掛かる。
そんなの背後で、不二が怪しく笑っていた。
カチリ、という音がして、宍戸と鳳に銃が突きつけられた。
「おとなしくしててよ?僕たちは別に君たちを傷つけようとしてるわけじゃないんだから」
「そーそー。その方が身のためだよ」
片方は冷静に、もう片方はどこか眠そうに銃を突きつけている。
宍戸はリモコンで金庫に鍵をかけると、二人を睨みつけた。
「……何が目的だ」
「それを話す必要は無いよ。じゃ、二人ともケータイ出して。持ってるでしょ?」
言われた通り、二人はケータイを取り出した。
今のところ、宍戸たちはこの二人組に逆らわないようにしている。
今は見えない相手の目的を探りつつ、自分の身の安全を確保しているのだ。
「それで、君たちが一番信頼している人のところに掛けて」
「は?」
「聞こえなかったかなー?滝は、チャンスをあげるって言ってるんだよ」
冷静に対応する方……滝は、その通りだと頷く。
確かにチャンスかもしれない。
だがこれが罠だという危険性もある。
しかし二人の目が早くしろと語っていた。
宍戸と鳳は目を合わせ、互いにケータイに手を伸ばした。
PiPiPiPi…という音が手塚と不二、それにのいる空間に響いた。
音の発信源は、の持っているケータイ。
は静かにその部屋から出ると、通話ボタンを押し、耳に当てた。
「長太郎、どうかしたのか?」
『あ、さん。それが………』
どこか動揺している鳳の声。
一発で、どこかおかしいと分かった。
案の定、それは当たり、鳳とは別の声が聞こえる。
『こんにちは、君』
「……誰だ」
『僕?僕は、滝萩乃介。今、この喫茶店を占拠してるんだ。……意味、分かるよね?』
なるほど、とは思った。
鳳の動揺している声。
占拠されているということから、どうやら脅されて電話したらしい。
ただの占拠を目的とした輩か、それとも“組織”に関連する輩か。
どれも、声だけでは分からないことだ。
「何が、目的で電話を?」
『ちょっとした余興だよ。君たちがここを助けるのは自由。助けなくてもいいし、このまま戯言だと思ってもいい。
けどその時は、この人たちの命は無いかもねぇ』
これでは、に来いと言っているようなものだ。
は電話をこちらから切ると、走り出した。
エレベーターは待っていられない。
階段を使い、降りていく。
会社を出たところで、また別の電話がかかった。
『どうした、』
「……ちょっと私用で出かけてくる」
『しかし、』
手塚の声が途切れた。
代わりに、不二の声が聞こえてくる。
『いいよ、行っておいで。これ以上、に頼ってばっかりじゃいけないからね』
気にしないでいいから、と不二はに言う。
はありがとう、と一言いい、ケータイの電源を切った。
そのせいで、には不二の一言が聞こえない。
『帰って来たら、どうなっているかは知らないけどね』
という、不吉な一言を。
「あ、切られちゃった」
鳳から奪ったケータイから、ツーツーという音が聞こえなくなったのを聞いて、滝はそう呟いた。
隣では、それより早く向こうに切られてしまったジローが持参した飴を舐めている。
「滝が脅したからだC−」
「そう言うジローだって切られたでしょ」
「違うよー。あれはあっちがキレたの。短気だったし、生意気だった」
楽しそうな奴だったけど、とジローは目を擦った。
どうやらよっぽど、眠いらしい。
「さて、来るのかな。彼らは」
「……どうだろうな」
「来た方がいいんじゃないのー?ね、そこでこそこそしてる、君」
ばればれだよー、とジローは笑いながら言う。
ナイフをどうにか手に入れた鳳はしまった、という顔をしたがすぐにそれで攻撃してきた。
宍戸も、そこにあったもので反撃を始める。
「やれやれ。あれ程、おとなしくしておけって言ったのに。……六花、“雪風”」
「「!?」」
いきなり現れた、滝の『星』。
『星』を持っていない二人は対抗する術もなく、その雪に視界を覆われた。
二人だけを取り巻く雪をどうにかしようとするのだが、前が見えなくてはどうにも成らない。
「仕方ないよねー。自分たちが悪いんだから。だからね、寝てて?」
ジローの言葉とともに、晴れる視界。
宍戸と鳳は声のした方を見つめ、すぐに反撃に移ろうとするのだが。
「遅いよ?睡心、“春眠”」
ジローの『星』の力により、宍戸と鳳は崩れ落ちた。
だがそれは意識を強制的に奪ったわけではない。
ただ、眠りを誘っただけなのだ。
「早く来ないかなー」
ジローの無邪気な声が、静かな喫茶店に響いた。
『ICE』近くの路地。
はそこを走っていた。
早く早くと急かす気持ちを抑え、ただ走る。
を呼び出せばいいのだろう。
だがそんな余裕など無かった。
急いで、そこの角を曲がる。
しかしその瞬間、は何かにぶつかった。
「「痛っ!!」」
二つの声が重なる。
痛い場所を押さえながら、がぶつかった相手を見てみるとそれはリョーマだった。
リョーマもぶつかった場所を押さえながら、を驚きの目で見ている。
「なんでが……」
「それはこっちのセリフ。リョーマも慌ててるんだな……もしかして」
二人はじっと見詰め合った。
何かを探るように、リョーマはを、はリョーマを見る。
それだけで二人の事情が分かり合ってしまうのだから、本当に二人は気が合うのだろう。
それが喧嘩中だとしても変わらない。
「どうやらその様子だと…呼ばれた理由は一緒みたいだな」
「不本意だけどね」
二人はそう言ってにやりと笑う。
そしてガシッと互いの腕を掴んだ。
「「一時休戦!」」
仲直りをしたともいえる二人は、急いで『ICE』に向かう。
一人ではないことを確信した二人の足取りは、先程より軽い。
あっという間に『ICE』につき、リョーマがバンッと派手にドアを開けた。
「「いらっしゃい」」
二人を出迎えたのは、いつもの宍戸と鳳ではない二人組。
とリョーマは警戒しつつ、店に足を踏み入れた。
「亮と長太郎はどうした!」
「あの二人?ちょっと悪戯しようとしたから、眠ってもらったよ。なんなら、確認してみる?」
滝は人の良さそうな笑みを浮かべて、手招きをする。
とリョーマは依然と警戒したままであったが、二人の様子が気になったのだろう。
ゆっくりと滝の方へ近づいていった。
「二人はこっちだよ」
そう言って滝が指差したのは、カウンターの裏。
宍戸と鳳は揃って眠っている。
「ね、なんにもしてないでしょー?」
欠伸をしながらジローは言う。
そしてちらりとたちの方を見ると、いきなり目を輝かせ、の手を引いた。
「おれと勝負しよー。きみ、『星』持ってるでしょ?」
に興味を持ったらしいジローは、先程までの眠そうな雰囲気はどこへいったのか、ぐいぐいとの腕を引いてそんなことを言い出す。
「アンタの相手は俺!電話での借りを返してあげるよ」
「えー、ヤダ。おれはこっちがEー」
ジローはそう主張して、を離そうとしない。
「ジロー、いい加減にしないと、ボスに言いつけるよ?」
「……ちぇっ」
ボス、という言葉にジローは反応し、を離した。
だがボスという言葉に反応したのは、ジローだけではない。
リョーマは顔を驚愕という表情にして、滝を見つめていた。
滝はその視線を受けて、くすりと笑う。
「どうかしたのかな?脱走した玉葉くん。いや、『Shine Night』のリョーマくん?」
「――――っ!!」
滝の言葉に、リョーマは怯えたように後退する。
はそんなリョーマの前に立ち、滝を睨みつけた。
「“組織”の人間か……!」
「あれ?言ってなかったっけ?おれたちは、“Dark Blue”だよ」
ジローはそう言って、睡心を出した。
色の定まらない睡心から、怪しい粉が出てくる。
「、“起風”!」
は少し吸い込み、それの効力に気づくとリョーマに及ばないように風でそれを飛ばした。
ジローが面白そうに、楽しそうに、を見る。
「すげーっ!無属性だ!!滝、見た見た!?」
「それより注目するのは『月』、でしょ。まさか、『月の涙』持ってるんじゃない?」
粉を吸い込んだことにより、身体が痺れて膝をついたと目線を合わせるため、滝がしゃがみこんでそう聞く。
だがは滝を睨んだだけで、黙秘とした。
「、って言うんだね。おれ、ジローだよ!芥川慈郎!」
ジローって呼んでねー、と相変わらずのマイペースでジローは言う。
当の本人は、そんなことに答えることなどできないのに、ジローは気にしていない。
「ジロー、そろそろ時間だよ」
「……残念。ともう少し遊びたかったのに」
腕時計を見た滝はジローにそう告げた。
ジロは本当に残念そうに、から離れる。
「いいこと教えてあげるよ。君たちをここに誘き寄せたのは計画的犯行だよ。陽動作戦っていうのかな、こういうの。
…さて、ここで問題です。
君たちがここにいることで被害が受けるところが二つ、あります。
さあ、そこはどこでしょう?」
「!!」
滝に囁かれ、は目を見開く。
心当たりがあるからだ。
滝はそんなの様子を見て、くすりと笑うとリョーマに目を向ける。
「君のこと、しばらく“組織”には知らせないであげるよ。知らせたら、來鏡が大変だからね……」
「……っ!」
「行くよ、ジロー」
「分かってるよー。じゃあね、ちゃん!」
ぶんぶんと手を振りながら去っていく二人を、は、リョーマは、見つめていた……。
それから数分後。
宍戸と鳳が目を覚ました。
目を覚ました二人が見たのは、痺れて動けないでいると、呆然としているリョーマ。
慌てて宍戸と鳳は二人に駆け寄った。
「、お前大丈夫か!?」
「だ、だいじょぶだ……。ちょっと痺れただけ………」
「待ってろ、すぐに薬持ってくるっ!!」
宍戸はそう言い、店内に行った。
は痺れた身体で、リョーマを見やる。
「リョーマ、先に行け……!」
「え?」
の声にはっと我に返るリョーマは、を見た。
その目は早くしろと訴えている。
その強い目に、リョーマは気圧された。
「行けって…どこに」
「跡部財閥。早くしないと、やばいことになる……!」
被害を受けると言った、二つの場所。
そのうちの一つが、跡部財閥なのだ。
「分かったけど、はどうすんのさ!?」
「俺はブルーコーポレーションの方に行く。あの二人が……滝が言ってた被害を受ける二つの場所。それがブルーコーポレーションと跡部財閥だ………!」
の言葉に、リョーマは愕然とする。
そして、その言葉の通りにすぐに行動に移した。
「、こっちが済んだらすぐにそっちに行くから!!」
「りょーかい」
痺れたままのは、言葉にすることに疲れて、身体の力を抜いた。
鳳が、心配そうにに声をかける。
はそんな鳳に向けて、心配するなと笑いかけた。
「大丈夫。少し、寝るだけだ……。宍戸が来たら、起こしてくれ」
はそう言って、目を閉じる。
今だけ、少しだけ、眠ろう…………。
次に目を覚ましたら、また忙しい日々が始まるのだから。