パーティ当日。
会場である跡部邸別宅には、多くの有名人、財界人がいた。
その中で、一際目を惹く存在が二人いた。
一人は、跡部財閥総帥、跡部景吾。
そのカリスマ性と、類稀な美貌で常に注目されている人物だ。
もう一人は、跡部の傍らにいる女性。
これまで、跡部は女性をパーティの場に伴って現れたことが無かった。
これが、初めてである。
更に、この女性が注目を受ける理由はもう一つあった。
ライトで煌く、銀の髪。
月のような銀の瞳。
大理石のように白い肌。
加えて、それらが際立つように用意されたとしか思えない黒のドレス。
露出度は低めだが、それも女性の儚さを演出していた。
会場内の人々は、男女問わず見惚れていた。
だが、彼女はそうでもないらしい。
「…跡部」
「あーん?さっき、景吾って呼べって言っただろうが」
「…景吾。なんか、視線集まってないか…?」
視線が集まる理由、それはの女装姿が一番だ。
だが本人にはまったくその自覚がないらしい。
「気にすんじゃねーよ。今はこっちへ集中しろ。打ち合わせ通りいくぞ」
の肩を引き寄せ、跡部は耳元で囁く。
仕方がない。
これは依頼だ。
不可抗力なんだ。
は自分にそう暗示をかけた。
女装など、本当はしたくなかったのだ。
何度跡部に訴えたことか。
そして返ってくる答えは全て。
『あーん?そんなに嫌なら、お前と同等の力の女でも連れてくるんだな』
という答えであった。
生憎、そんな知り合いはいない。
こうしては仕方がなく(ここ重要)女装する羽目になったのだ。
そして、打ち合わせでの設定は決まった。
・はパーティでルナと名乗る。
・ルナは跡部の婚約者という設定。
主にこれは、跡部と忍足が作ったものだ。
はリョーマと共に、呆れた目で二人を見ていた。
そして、今に至るわけだ。
(あいつら、気障だな……俺に月<ルナ>なんて付けやがって。
この際、お望みどおり完璧にルナを演じきってやるよ……今に見とけ)
半ばヤケでそう思いつつ、は跡部に付き添いながら立派にルナを演じてく。
舞台女優・俳優も真っ青な演技力だ。
メイドがスパルタ教育でに叩き込んだダンスも、うまくいっている。
「おい、怪しい奴は見つかったか?」
跡部はダンスの最中、そんなことを聞いてきた。
幸い、小声だったので周りには気づかれていない。
「まだ、見つからない。この後、カクテルを取るついでに周りを探ってくる」
「それだけはやめておけ」
「代わりにリョーマが近くにいるから大丈夫だ。心配するな」
小声で話しつつ、しかし笑顔で二人は踊っている。
そんな二人に、羨望の眼差しを向けている会場内の殆どの女性・男性は気づかない。
「…お前、自分が一人になると大変だってことが分かってんのか?」
「一人になったら大変なのは、景吾の方だろ」
跡部が言いたいことは、「今は女装しているからが危険」ということなのだが、当の本人はまったく気づいてくれない。
小声で言い争っているうちに、ダンスは終わってしまった。
次に始まるのは、十分後。
他の人たちはその間に、踊ってくれるパートナーを探すのだ。
そしては先刻言った通り、リョーマに跡部を任せ、カクテルを貰うために忍足の元へ歩み寄った。
「一つ、下さるかしら?」
忍足の背後から、ルナになりきったが言う。
「ええ、どうぞ」
忍足はにっこりと笑いながら、にカクテルを渡す。
同時に忍足は、に多数の視線が向けられていることに気づいた。
「姫さん、モテモテやな…」
「お褒めの言葉をどうも」
内心、男にモテても何の得にもならない…と思いつつ、は笑顔でその賛辞に返す。
見事な役者ぶりだ。
「でもホンマ、綺麗やで」
忍足はそう言うと、の髪に触れた。
カツラだがさらりと流れる髪は、まるで元からあったかのようだ。
月の女神みたいやな、と忍足は思う。
実際、の使う『星』は『月』だ。
その先入観もあってのことだと思いながらも、忍足はから目が離せなかった。
そして、当の本人はというと。
「失礼ですが、私と踊ってくれませんか?」
多数の男性たちに、ダンスを迫られていた。
そしてその数はどんどん増えていっている。
(…もしかして、跡部の言ってたことってこういうことだったのか!?)
今更後悔しても遅い。
既には取り囲まれていた。
(どうすべきか…)
忍足は、仕事で忙しいようだし、跡部は今のとは反対に女性に取り囲まれている。
リョーマはその跡部の近くにいなければならない。
は絶体絶命の状態にあった。
(この際、適当に選ぶしかないか…)
そう心に決めたは、すぐ近くにあった腕を引っ張った。
「この人と踊ることになっていますので、ごめんなさい」
はそう言うと、恐らく訳が判らないという顔をしているだろうその人物を引っ張ってベランダに出て行く。
幸い、ダンスまで時間はあった。
周りに誰もいないことを確認し、はその人物を見上げる。
(ブルーコーポレーションの社長、手塚国光…!)
その人物とは、あんまりこういう席には出ないという噂の手塚であった。
跡部財閥と互角の力を持つ、ブルーコーポレーションの社長。
彼が“Dark Green”の可能性も十分にあった。
「さっきはごめんなさい。勝手にあんなことを言ってしまって…」
謝りつつ、相手の様子を窺う。
だが、の直感は彼は違うといっていた。
証拠などないが、直感がそういう。
自慢ではないが、の直感は外れたことが無かった。
「困っていたのだろう?」
「そうですけど…」
「なら、気にすることはない」
「…ありがとう」
手塚の言葉に、はルナの笑顔ではなく、の笑顔を見せて笑った。
それに、手塚は驚いたような顔をする。
「私に、何か?」
「いや…ただ、さっきの笑顔よりそっちの方が似合うと思っただけだ。別に気にしなくていい」
今度はが驚いた。
まさか、手塚が気づくと思っていなかったのだ。
「あなたって、不思議な人ね」
「俺からしてみたら、あなたの方が不思議だが。まるで、実在しない誰かみたいだ」
いるという実感がない、と彼は言う。
それはあながち間違ってはいない。
なぜならルナは、今日限りの人物なのだから。
「あなたの言う通りかもね」
悪戯っぽく、は笑う。
手塚はそれにつられて、人に無表情だといわれるその表情をふっと緩めた。
「あなたって、本当に面白いわ。よくそんなに表情が変わるものね」
「…そんなことを言われたのは初めてだ。よく、無表情だとは言われるが」
「その人たちは、よく見てないのね。私には分かるわ。こんなに分かりやすい人ってそんなにいないわよ?」
また、手塚の表情が変わった。
はくすくすと笑う。
口調はルナだが、笑っているその姿はそのものだ。
どうやら、本気で面白がっているらしい。
「そろそろ、ダンスが始まるわ。貴方がよければ、どう?」
そう言って、は手を伸ばした。
手塚の答えは決まっている。
そして、それは動作で表した。
の、手の甲に口付けることによって。
ダンスは、終盤に差し掛かっていた。
手塚と踊っていたは、会場内に『星』の気配を感じ取った。
一般の『星』とは違う、禍々しい感じのもの。
それは十中八九、“Dark Green”のものだ。
おそらく、この気配にはリョーマ、跡部、忍足も気がついているだろう。
その証拠に、さっきから三人と目が合う。
そしてちょうどタイミングよく、ダンスが終わった。
「それでは、失礼します」
はそう言って手塚から離れようとする。
だが、そのの腕を手塚は掴んだ。
「名前を、教えてはくれないか?俺は、手塚国光だ」
その質問にはくすりと笑うと、するりと手塚の腕から逃げ出す。
去り間際、は手塚にこう囁いた。
「ルナ」
はそういうと、『星』の気配を追いかけて、会場から抜け出した。
既にそこには、三人の姿もある。
「遅かったじゃん、」
「俺だって、色々あるんだよ…」
銀の髪を束ねながら、は言う。
会話を交わしながらも、三人はまるで自分たちに気づいたかのように動く『星』の気配を頼りに屋敷内を歩いていた。
そして、三人は途中で二つに分かれている階段まで来た。
「気配が、分かれたな」
「二人いるっちゅーことか…」
二手に別れようと四人の意見が一致しかけたとき、急に絨毯が轟き始めた。
ぐねぐねと動くそれは、明らかに跡部を狙っている。
そして跡部の足元の床が、盛り上がりかけているのをは逸早く察知した。
「景吾っ!」
はそのまま体当たりし、跡部をそこから遠ざけた。
同時に、先程まで跡部がいた場所が鋭く尖る。
「まさか、これは…!」
が敵の本当の目的に気づいたその瞬間、反対側にいたリョーマと忍足を分かつように絨毯が盛り上がり、壁となった。
相手はこれを狙っていたのだ。
「、無事!?」
壁越しに、リョーマの声が聞こえる。
「大丈夫だ。敵は二人。こっちに一人、そっちに一人。決して油断はするなよ」
「分かっとるって。、ボスを頼んだで」
「了解。そっちもリョーマを頼む」
「「余計なお世話だ!!」」
変なところで気が合う二人に、と忍足は苦笑する。
そして二人ずつ分かれた二組は、互いに階段を昇っていった。
これが、始まりだとは知らずに。