は家に着くと、リョーマに服を手渡して風呂へと案内した。
行く間も、風呂から出たあとも、はリョーマについて何も聞かない。
他愛も無い話をしただけだ。
互いの腹を探り合うような話は一度も出なかった。
リョーマはソファーに座りながらそのことを心底不思議に思う。
聞かれないことが、かえって気になる。
普通、どうしてこんなに姿になって倒れていたのか聞くだろう。


「ねぇ、なんで俺がこんなに血だらけだったのか聞かないの?」


リョーマは思い切って、が風呂から出てきたあとに聞いた。
はきょとんとして、タオルを頭に乗せたままリョーマの方を見る。


「聞かれたくないんじゃなかったのか?だから、聞かなかったんだけど」


リョーマの隣に静かに腰を掛けると、頭に乗せてあったタオルで髪の毛を拭く。


「だからって、普通聞くんじゃ…!」


の顔がすぐそこまで迫っていることに、リョーマは気づいた。
銀の瞳が、リョーマの黒い瞳をまっすぐと見つめる。


「聞いた方が、よかったか?」


はしばらくして、顔を離した。
さっきまでとは違う思いの込められた銀の瞳が、リョーマを映す。


「……っ!」


リョーマはの瞳にある思いを感じ取って、思わず息を呑んだ。
その瞳に込められた思いは、リョーマが生きてきた中で一番欲しかったもので。


「俺は、リョーマが話してくれるまで待つよ。
リョーマが何を抱えているのかはまだ会ったばかりでよく分からないけど、きっと俺にもできることがあるから」


だから…とは言葉を区切った。そして、優しい笑みを浮かべて続きを口にする。



「俺は、リョーマを信じてるから」



まあ、出会って間もない俺が言うセリフじゃないんだろうケド。

最後に漏らしたその言葉はリョーマに聞こえない。
がその言葉の前に言った言葉とその笑みが、リョーマの警戒心を溶かしたのだ。
今まで精一杯張って生きてきた、それを。
その反動のせいか、本人の意思とは無関係に涙が頬を伝う。


「え、ちょ…リョーマ!?どうかしたのか?どこか痛いとか?」


いきなり涙を流し始めたリョーマに、は慌てた。
とりあえず、持っていたタオルで涙を拭こうとリョーマに手を伸ばした瞬間、
はその手を引っ張られてリョーマに抱きしめられていた。


「…リョーマ?」


は、自分の胸に顔を押し付けるように抱きついてきたリョーマを見下ろした。
静かに耳を澄ますと、微かな嗚咽が聞こえてくる。
どうやら、泣いているようだ。
そう判断しては、ゆっくりとリョーマの髪を撫でる。
少しでもリョーマの心にある何かが拭えるように、と。


























あれから数分後。
の身体には、しっかりとリョーマの体重がかかっていた。


「泣き疲れて、眠っちゃったか…」


自分のシャツを掴んで離さないリョーマを未だに撫でながら、は呟いた。
まるで、弟ができたような気分だ。
悪いような気分には全然ならない。


「リョーマ、何があったんだろうな…」


は呟きながら、数時間前の、出会った当初のリョーマの姿を思い浮かべた。



まるで全てを拒絶するような瞳で、を…世界を見ていて。



それでいて、どこか寂しそうで。



そして、生きるのに必死だった。



「何年か前の、俺に似てたな…」


数時間前のリョーマと同じだった自分は、ある一人の人間と出会ってから変わった。
その人は、に数え切れないほど色々と教えてくれた。



人のココロ。



感情。



生きるための、術。



人との接し方。



それ以外にも、たくさんのものを学んだ。



「ほんと…今はどうしてるのかな、アイツら」


は懐かしく思いながら、あの日と同じ形の月を見上げるのであった。
















Another side. Another story...



「また、見てたのですか?」


背後から声をかけられた彼はゆっくりと、振り返った。
そこには、長年の相棒がいる。
彼は苦笑して呟いた。


月を見ると思い出すのだ、と


「“彼”の『星』は『月』ですからね」


どことなく懐かしそうに、そう言った彼も空を見上げた。
そこには、満月が輝いている。
どこかそれは、“彼”を彷彿させた。
今は傍にいない、けれどもどこかにいるだろう“彼”。


二人の影は、月を見ながら互いに同じ人物のことを思っていた。