がおかしい。
二人がそう気づき始めたのは、テスト週間が始まってしばらくした頃。
と顔を合わせる時間が少なくなってきてからだ。
テスト週間のときは、は必ず部屋に鍵をかける。
そしてしばらく出てこない。
それが繰り返されていたが、今回はどこか違う。
まず、その出てこない時間が長い。
次に、やけにガタガタと音がする。
なにより―――の表情だ。
問題作成に疲れた表情ではない、どこか気を張り詰めた雰囲気を漂わせ、思考に沈むこともしばしば。
それは文化祭が終わった翌日から徐々に、見え始めていた。
「何か知っとるか?」
「いいや。何も知らない。知ってたら黙ってるわけねぇだろ」
「せやなー……」
テーブルに互いに向き合い、二人は同時に溜息をついた。
その二人が先程から気にし、ちらちらと視線を向けているのはの部屋。
相変わらず、部屋の主は出てくる気配すらない。
「とにかくおかしくなったのは文化祭以降ってことだ」
「それは確かやな。次の日、授業上の空やったし。珍しく弁当作り忘れるし」
「それはたまにあるだろ。……俺が言ってんのはそういうことじゃねぇよ」
コーヒーを含み、跡部は言う。
忍足はうーんと唸っている。
そんなときだった。
の、部屋のドアが開いたのは。
「つ、疲れた〜っ!」
「さん!」
「っ!」
ふらふらとは千鳥足でソファに近づき、沈んだ。
慌てて跡部と忍足が、その後を追う。
「大丈夫か?」
「おー……景吾ー………大丈夫だぞぉ、まだ死にはしねぇー………」
そう言うの目は、もう別の世界を見ている。
ぺちぺちと優しく叩かれる跡部の手にも反応していない。
「あかん。さん、もうアッチの世界いっとるわ」
「あはははー………待てよー…………」
忍足の言う通り、は別の世界で追いかけっこをしている模様。
誰としているのか気になるところだが、今はそれどころではない。
忍足は優しくに話しかける。
「戻っといでー」
「駄目だ、忍足。寝かせとけ。完全にダウンしてる」
跡部の言うとおり、はもう支離滅裂な言葉を発しなかった。
しばらくすると、寝息まで聞こえてくる。
よっぽど、疲れていたのだろう。
「今の隙だぜ」
「何がや?」
「の部屋を見るチャンスだよ。バーカ」
キッチンに空になったコーヒーカップを置くと、跡部が先頭を切っての部屋に入ろうとする。
それを慌てて忍足が前に出、止めた。
「な、跡部!もしかしてテスト目当てでそんな暴挙に………!!」
「お前、本当に馬鹿だな。がああなった原因を探りに行くんだよ」
「ああ、成る程」
俺はてっきり……と後ろで呟く忍足をそのままに跡部は部屋に入った。
特に変わったところは見られない。
シンプルなこの部屋は普通の、いつものの部屋だ。
「変わったところ、ないで?」
「いや、まだ分からねぇぜ。クローゼットの中とか」
遠慮なく跡部はクローゼットを全開にした。
が、そこにはやはりいつもののスーツや服が置いてあるだけ。
しかし跡部と忍足はだんだん躍起になって、探し始めた。
始めこそ遠慮していた音が、どんどん大きくなっていく。
そして、それは。
「なーにしてるのかな?跡部クン、忍足クン?」
心地よく寝ているはずのを起こしてしまっていた。
げ、と二人は顔を見合わせるが、は絶対零度の笑みで二人を見やる。
「お前ら、今日、あれな」
「「あれ?」」
「 夕食抜き 」
にっこりと言い切ったはそれを覆すつもりはない。
元々、怒らせてしまった原因は自分たちにあるため、跡部と忍足はしぶしぶ互いに財布を持ってマンションを出て行った。
それを見届けたは、玄関の扉に身を任せ、ほっと安堵する。
「危なかった………」
そして携帯電話を取り出すと、一回コールする。
画面に表示されるのは、『滝萩乃介』。
『先生、大丈夫でしたか?』
「ああ、どうにかな。ありがとう、滝くん。お陰で助かった」
『いえ、これくらいどうってことないですよ』
は荷造りを終えたものから、滝の家に預けていた。
それもこれも、跡部と忍足に悟られないようにするため。
『……でもいいんですか?二人に話さなくて』
「………終業式まで、黙っておくことにした」
『それじゃあ、もう時間は…………』
「ない、な。だから、ギリギリまで粘ろうと思って。それに今度は俺があいつらに選択肢を与える番なんだ」
そう言う、の表情は今にも泣きそうで。
滝にもそれが伝わったのだろうか。
彼は他に特に何も言うことなく、電話を切った。
はそのまま、ずるりと玄関に座り込む。
泣きそうで、泣けない顔のまま、はしばらくそうしていた。
―――その、同時刻。
跡部と忍足はまったく同じタイミングでマンションを振り返った。
「なんか、今………」
「ああ………………」
が、泣いてる気がした。
そして、終業式当日。
最後に、登壇したの姿に、跡部と忍足は目を見開いた。
彼が、言った言葉に。
「五日後、私はイギリスに旅立ちます――――」
目の前が真っ暗に、なった。