長かった、文化祭が終わった。
あんなに騒いだのに終わりは呆気ない。
まあ、祭なんてそんなものだ。
俺は煙草を蒸かしながら、下を見やった。
皆、慌ただしく後片付けをしている。
これが最後の文化祭だからだろうか。
なかなか感慨深いものがある。
「そんな恰好だと風邪ひくぜ」
「……そんなに柔じゃない」
振り返らなくても分かる声。
景吾だ。
俺は背をフェンスに任せて、景吾を見た。
ふーっと紫煙を吐くと、景吾が眉をひそめる。
「珍しいな、が煙草を吸うなんて」
その言葉は言外に、何かあったのかと俺に問いかける。
その妙な勘の良さに、俺は苦笑する。
「俺だって吸いたい気分のときもあるさ」
「それはどんな気分なときなんだよ」
景吾はそのまま俺の前に立つと、俺のポケットから煙草を箱ごと取り出し、その一本を銜えて俺の煙草に近づけた。
ぢりぢりと音を立てて、火が景吾の煙草につく。
俺は景吾が煙を吐くのを見届けて、その煙草を奪った。
途端に不満そうな顔になる、景吾。
「何すんだ」
「スポーツする人間が、ましてや未成年が吸うな」
なら、と景吾は呟いて俺の煙草と手に持っていた煙草を下に落とし、それの火を踏んで消した。
その火が消えていくのを俺はじっと見ていた。
「……?」
そんな俺をいぶかしみ、景吾が顔を覗き込む。
やばい、やばい……感傷的になってる場合じゃなかった。
「ああ、悪い。ちょっと考え事、してた」
「……どんな?」
「期末テストとか、さ。
……文化祭終わったらすぐたぞー。この前中間があったばかりなのにな。時が経つのは早い」
努めて明るく、俺は言う。
景吾に、悟られないように。
「景吾や侑士もエスカレーター式とは言え、受験もある。気、抜けないな」
「……ああ」
「将来のことも考えて、テニスも練習して、……やることばっかりだな。お前たちも、俺も」
本当にやることばっかりだ。
忙しくて目が回りそう。
留学準備とか、引き継ぎとか………景吾や侑士のこととか。
話を切りだそうと思うとどうしても、竦んでしまう。
……二人のまっすぐなものにずっと甘えて、浸かってきたから、話して拒絶されるのが怖い。
二人いっぺんに答えることなんかできないのに、俺はどこかで両立させることを望んでる。
よくばりなんだ、俺は。
曖昧なものは壊れるのは簡単。
そう分かっている俺だから、はっきり明確にさせないといけない。
なのにこの曖昧な関係はとても心地よい。
続けていきたいと願う、自分がいる。
そう考える俺はとても傲慢だ。
傲慢で、我が侭で、すごく、嫌だ。
「……!…!」
「…ッ!……け、景吾?どうした、そんな必死な表情で………」
「どうもこうもあるかよ。いきなり黙りこくったかと思えば、思い詰めた感じでぼーっとして……心配もするぜ。
今のは―――特に」
「………ちょっと、冷えてきたな」
俺は景吾の話を誤魔化すように、身体を震わせた。
冬を知らせるような風が、吹くから俺はその場を逃れようと――――いや、景吾から逃げようと………する。
「待てよ」
「待たない」
とてもとても、寒いんだ―――
呟いて、俺は屋上を後にしようとする。
けれども景吾はそれを許してくれなくて。
俺の腕を、掴んだ。
「誤魔化すな」
何を、とは俺も問いかけない。
二人に隠し事をしているのは明らかだから。
それにまだ俺は―――話せない。
だから俺は歩みを進めようとする。
「待てよッ!!!」
今度は景吾が後ろから俺を抱きすくめて、止めさせた。
冷たくなっていた身体に、景吾の温かさが心地よい。
けれども俺はそれに浸かることは………もう、できない。
温かすぎるとそこから動けなくなるんだ。
そう、温かすぎると俺の決意は鈍る。
なのに、俺は動けなくて。
………動けなくて。
景吾の腕に、ずっと抱かれたままだ。
これが最後と自分に言い聞かせ、俺は景吾の方へ前を向いて。
ぎゅっと、抱き締めた。
…………強く、強く。
「…………」
「………景吾、疲れただろ?ごめんな、ちょっと情緒不安定で」
「いや、いい……………から、抱き締めてくれたからな」
笑顔を見せる景吾に、俺は少し胸が痛くなる。
それを隠して、俺も笑う。
もう、大丈夫。
大丈夫、いける。
不安定な俺とはもう、サヨナラだ。
「………景吾」
「なんだよ」
「ありがとな」
これはごほうび――――
落としたキスに、景吾はいっぱいの笑みを浮かべてくれる。
お前たちがそれを見せてくれるから…………俺は大丈夫。
「………ッ!」
感極まったのか、景吾はもっときつく抱き締めて俺にキスをする。
どこもかしこも。
余すところなく。
くすぐったくて、しょうがない。
だから俺は笑いながら、それを受けた。
そんな光景を冷静に見つめるもう一人の俺を―――――知りながら。
幸せなときに、俺は浸かる。
――――………来るべき、時まで。