その日は朝から忙しかった。
文化祭の準備もあったから、といえばそうなるだろう。
けれども俺が忙しかった理由はもう一つある。
この間届いたあの書類の件だ。
氷帝学園と新たに提携を結び、姉妹校となったイギリスのパブリックスクール。
そこから日本人教師の派遣を要請されたことが事の発端だ。


…………俺はそれに志願していた。


志願したのは、侑士や景吾と今の状態になる前。
まだ二人の思いなんて知らなかったころだ。
選考や色んなトラブルがあり、やっと選考を通ったというのがこの間。
二人にはもちろん、話していない。
話す時期を探している、というのは建前かもしれない。
俺は、二人に話すことが怖いのだ。
このまま、二人で過ごし続けるのも曖昧過ぎる。
けれども俺は、この三人の均衡を崩したくなかった。
俺は、我侭だから。


「…………………いつ、切り出そうか」


それが問題だ。
早すぎても遅すぎてもダメだ。
早すぎると、あいつらまでイギリスに来そうだ。
それだけは防ぎたい。
あいつらはまだこっちでやるべきことがたくさんあるのだから。
反対に、遅すぎればあいつらの決心が付かないだろう。
割り切ることは、そう簡単にできない。
いきなり聞かされるなら尚更だ。

俺は、大きく頭を振った。

これ以上、考えすぎてもダメだ。
考えすぎは、思考のループに繋がる。
俺は気を逸らそうと、窓の外を見た。
薄暗い中で、はしゃぐ生徒たち。
今日は文化祭の前日。
よって、前夜祭だと称して生徒たちは騒いでる。
俺は窓の近くに寄ると、そんな生徒たちを見つめた。

………彼らは、いるだろうか。


――――――――――――――あ、



「……………いた」



景吾だ。
周りをいつものメンバーに囲まれている。
けれどもその中に、侑士の姿はなかった。
不思議に思いながらも俺は、目立つ景吾を見つめた。
景吾は向日くんと芥川くんに悪戯されたのだろうか。
軽く怒りながら、樺地くんを捕獲に向かわせてる。
その姿ははしゃいでる向日くんたちとあまり、大差ない。
そう思うのは、俺だけだろうけど(これってうぬぼれだろうか?)(…そうかもしれない)。
でも本当に楽しそうで、年相応に笑っている。
“大人の”笑みじゃなくて、子どもの笑み。
そう言ったら、絶対景吾は怒る。
だから、言わない。




「あーあ、見事にお子様コンビに遊ばれとるやん」



いきなり、横で聞こえた声に俺はかなりびっくりした。
顔を上げれば、隣にはいつの間にか侑士の姿。
侑士は俺の驚いた顔を見て、くすりと笑う。


「びっくりしたんか?」
「…そりゃ、いきなり声をかけられれば誰でもびっくりするさ。それよりお前、ちゃんと足音ぐらい立てろよ」


寿命が縮まったかと思ったぞ、と付け加えるように言えば侑士はまた笑う。
今度はどこか…………………淋しげに。




「ちゃんとしとったよ、…………………………足音」

「え?」

「声もかけた。せやけどさん―――――跡部、見とったから」



気づかんかったんよ、
そう教えてくれる侑士の言葉はやっぱり、淋しさが滲んでいて。
侑士はいつから――――分かってる。最初からだ――――いたんだろう。
俺が思考に沈んでいるのに気づいて、声をかけようとして。
でも俺は気づかなかったから、ちょっと後ろに立って、俺の視線を追って。
そうして気づいたんだろう。
俺が景吾を見てたことを。


あの中に侑士がいなかったこと、俺はとっくに気づいてたのに―――――――――――


「…………悪い、気づかなくて」
「ええよ、気にせんで。気づかれんかったんは確かにちょっと……ホンマにちょっとやで。
 …淋しかったけど今、さんと二人っきりやし」


また、笑う。
完全な“大人の”笑みで。
でもその笑みはやっぱり、どこか切ない。
気づいて、と俺に訴えているようで。
そして俺はそれに答えた。


、さん……?なにし―――」
「黙ってろ」


自分から腕を伸ばして、侑士に抱きつく。
普段の俺なら、絶対にしないようなことだ。
いつもは二人から、抱き締めてくるから。
でも今日は。
自分から、侑士に抱きつきたかった。


「淋しいんだろ?こうしておいてやるから………………」


始めはわたわたと慌てていた侑士も、冷静さを取り戻したのか。
彷徨わせていた腕を俺の背中にやっと回してきた。
そして、ぎゅっと力強く抱き締めてくる。
―――まるで、俺が本当にここにいるのか確かめるように。



「ホンマは……跡部に嫉妬しとったんや」


さんにあんなに見てもろうとって、羨ましかった」


「せやけどそんな部分、さんには見せられんから我慢しとったのに」


さん、そんなことしたら俺、付け上がってしまうで…………………?」



耳元で囁かれる、侑士の言葉。

いたい。
いたいよ、侑士。
想いが重過ぎて。
答えられないことが堪えられなくなりそうで。

謝りたいと思う。
けれども俺はまだ、選べないから。
だからまだ、謝れない。
謝れるのは俺が景吾を選んだとき、だから。





「付け上がれよ。遠慮なんていらない。景吾も全力できてるんだから、侑士も全力でこい。
 俺はそれを頑張って受けとめるから」





だから、俺にお前の本気を見せてくれ。

付け足したその言葉を、侑士の耳元で俺は囁いた。
侑士は信じられない、というような目で俺を見て、いったん身体を離す。
なのに今度は勢いよく、抱き寄せられた。


「ちょ、侑士!」


さすがに苦しい!
そう訴えると、侑士は身体を少し離してくれる。
そして侑士の顔を見れば――――満面の笑み。
本当に嬉しそうで、取り繕った笑みじゃない。
大人に見せようとした笑みじゃない、自然な笑み。
それを浮かべて、侑士は言う。


「……どないしよ。俺、今めっちゃ嬉しい。さんを離したくないわ」


誰もいないことをいいことに、侑士は触れるだけのキスを繰り返した。
甘えている侑士を止めることもできない俺は、ちょっとくすぐったいけれどもそれを受ける。






上から降ってくるのは、たくさんのキスと甘い言葉ばかり。




















(出番がきたよ、おしたりくん…!)
(でも跡部くんはもう少し待ってください。お願いします)