「おや、先生。腰、どうかされましたか?」
「ちょっと重い荷物を持ちまして………」
「腰は大事ですよ〜。年を取ってからじゃ遅いですからねぇ。今から大事にしてください」
「あは、あはははははは………」


季節はすっかり秋。
キンモクセイの香りが鼻をくすぐる今日この頃。
俺、は年配の先生方に腰の心配をされていた。
重たい荷物、というのは嘘。
俺はこの三連休、どこも出かけてない。
一日中、部屋の中…………。
思い出すのも嫌だ。


「まあとにかく、気をつけてくださいよ〜。それがきっかけで体調を崩したら大変ですから」
「はぁ……ありがとうございます」


適当に先生方をあしらいつつ、俺は廊下をのろのろと歩く。
あー……歩くたびに、腰が痛む。
腰痛をなめてたな…………。


先生♪」


背後から陽気な声。
今はその声が憎らしい……そう思いながら俺は、後ろを振り返った。
案の定、いたのは忍足侑士。
腰痛の原因、その1だ。


「なんや、先生。連休明けっちゅーのに、辛気臭い顔しとるで?あかんなぁ」


―――やば、本気でコイツに殺意を覚えた。
よくもまあ、しゃあしゃあと……………!!


「どこの誰かさんのせいでね。じゃ、忍足くんはさっさと授業へどうぞ」


笑顔で言い切り、俺は痛みを我慢して廊下を歩く。
が、やはり侑士は諦めない。
やっぱりな………。


「授業はどうしたッ!!」
「どうもこうもないわ。さん優先っ!!」
「阿呆!学生の本業は勉強だ!!それに先生と呼べと言ってるだろう!!!」


廊下は走らない。
そのルールを遵守しつつ、俺たちは早歩きで廊下を歩く。
いつの間にか、特別教室棟に来たみたいであたりは静かだ。
そりゃそうか。
この階、英語準備室とか準備室系しかない。
―――ともかく、俺たちは競歩にでも出れるんじゃないかってくらいの速さで歩く。
あともう少し。
あともう少しで、俺のオアシス<英語準備室>だ…………ッ!!


ガラッ!


………

……………………………




「景吾ッッ!?!?」


「よぉ、遅かったな」


開けた先にいたのは、原因その2跡部景吾。
優雅にソファに座って、テニス雑誌を見ていた。

………お前ら、授業。


「〜っ、お前もか…………」


一気に脱力して、俺は椅子に腰掛けた。
あー………痛い。
腰だけじゃなくて、頭も痛い………。


「聞いても無駄だろうが、一応聞いとく。……授業は?」
「「自主休講」」


……景吾と侑士のクラスの授業の先生、すみません。
学年トップ組は、俺で遊んでます……………。


「頼むから、真面目に授業ぐらい出ろ。いくらエスカレーター制だからって中三だろ?」
「せやかて、俺らさんのこと心配してんで?さすがに三連休ヤりす―――――」

「教育的指導」


英語辞書を俺は侑士と景吾に振り下ろした。
ちなみに、角攻撃。
地味に痛いだろうな。


「っ、なんで俺まで」
「同罪、だからな」


文句あるか、と見やればイエ……と呟く二人。
そんなとこは子どもだ。
夜は全然、子どもじゃないのに。


「まあとにかく、しばらく禁止な。テストも近い」
「「ええっ!?」」
「当然だろうが。教師と同居してるからにはテスト発表から終了まで別室だからな」


テスト作成中を見られたらフェアじゃないからな。
そんなこと、しなくてもこいつらは十分頭いいけど。


「むぅ……仕方ないなぁ」
「譲歩してやるよ」


お、今回は意外に引き際がいいな。
ようやく俺のことも分かってくれ――――――


「その分、終わったあと楽しみにしてろ」
「せや。いーっぱい、可愛がってあげるで♪」


なかったみたいだな!
お前らに期待した俺が馬鹿だったよ!


「(救いようが無い)………とにかく、次の時間は授業出ろ。俺はちょっと書類を書くからな。静かにしてろよ!」


そう宣言すると、各自気の抜けた返事が返ってくる。
ちらりと振り向けば、景吾と侑士は意外にも仲良くテニス雑誌を回し読みしていた。

―――高校もテニス一色なんだろうな、こいつらは。

それほどこいつらの日常は、テニスで回ってる。
将来も有望だ。
なんたって、あの跡部家の長男に大病院の長男。
相当苦労してるだろうけど、生き生きしてる。

俺は気づかれないように少し笑って、書類に向き直る。


俺が手にしている書類は――――英文。


それは、昔からの俺の夢で。


知っているといえば榊先生ぐらい。









そしてそれはこの温かいようで曖昧な関係をぶち壊すものだとは、薄々気づいてる。




















ごめん、景吾。侑士。



俺は卑怯だから――――――まだ何も言えないんだ。



















近い将来。


あのときの選択肢以外の結末になるだろうと、俺は密かに覚悟した。