日本語の“好き”は難しい。
英語だと“Like”と“Love”があるが、日本語はひとつしかない。
その代わり“愛してる”っていう言葉がある。
景吾と侑士が言ったのは“Love”。
俺にとって二人は、“Love”なのか………?。
それとも、“Like”?
それが分からないと話にならない。
答えを出すこともできない。
だから、俺は。
「少し、考えさせてくれ………」
そう二人に告げた。
二人は黙って頷いてくれた。
俺はそのまま、二人に背を向けて走った。
今は侑士や景吾と二人っきりになるのが怖い。
一人でいたかったから、走った。
マンションについて、部屋に閉じこもって。
ベッドに身体を投げ出して、天井を見ながら考える。
景吾と出逢った時のこと、侑士と出逢った時のこと。
二人の、色は違うけど真剣な瞳。
そしてなによりも、俺に向けてくれる表情………。
どれも、見ていて温かくなるもの。
俺はどっちが“好き”なんだろうか。
それが分からないと、先に進めない。
侑士と暮らし始めて、侑士を意識し始めたのも事実。
景吾に抱きしめられて、景吾を意識し始めたのもまた事実。
もしかしたら、侑士が好きなのかも知れないし、
景吾の方を好きなのかもしれない。
ひどく曖昧な、俺の気持ち。
どちらかに揺らごうと思っても揺らげない。
なんなんだよ、俺。
二人を、どうしたいんだ………?
「俺の気持ち、か………」
本人にも分からないこの気持ち。
どうしたらいいんだろうか。
俺はその日、眠ることができなかった。
気がつけば、朝だった。
今日は、始業式のある日。
そうゆっくりできない俺は、鏡で隈がないかチェックしてシャワーを浴びた。
その最中にも、俺は昨日のことばかり考えている。
頭を冷やして考えるのもいいかも知れないな、と思いつつ、少し冷たいシャワーで眠気を一掃する。
早く、答えを出さないと。
俺は、明らかに焦っていた。
焦ると人は周りが見えなくなる。
今の俺の状態はまさにそれで、自分は朝食を摂らずに、けれども侑士の分はきちんと用意して、家を早めに出た。
始業式の準備があるから、という理由の元、俺は学校へ向かう。
疎らにいる先生方に挨拶しつつ、俺は自然と足を屋上に向けていた。
ドアを開けると、朝の爽やかな風が俺を迎える。
ここだけは、在学中も変わらない。
フェンスに凭れて、俺は空を見上げた。
景吾の瞳みたいな青い空。
そこから目を逸らすと、別館の図書室が見えた。
侑士と、初めて逢った場所だ。
校内は二人に関係するもので溢れていることに、今更、気がつかされた。
「先生」
不意に。
名前を呼ばれた。
ゆっくり振り返ると、そこには滝がいた。
まだ、生徒が来るような時間帯じゃないはずだ。
ならばなぜ、彼はここにいるのだろうか。
「どうした?まだ生徒が来る時間じゃないぞ」
「ちょっと、気になることがあったので来てしまいました。……先生、顔色少し悪くないですか?」
「気のせいだろ」
顔色を指摘されて、俺は慌てて笑みをつくった。
やっぱり、朝食を抜いたことと寝てないことが祟ったのかもしれない。
「ならいいんですけど。ところで先生、何か悩みでもあるんじゃないですか?例えば……跡部と忍足に関係することとか」
「っ!!」
びくり、と身体が揺れた。
まさか、滝から侑士と景吾の名前が出るとは思わなかった。
滝はまさか……気がついて、る?
「やっぱり、そうなんですね。先生、跡部と忍足に告白されたんでしょう?」
「…………」
否定する気も、嘘をつく余裕も今の俺にはない。
滝の言葉に、静かに頷いた。
滝がやっぱり、という顔をしているのが見える。
「……どうして分かったんだ?」
「簡単ですよ。最近の二人の様子、あからさますぎですから」
いざ本命となると、あの二人も形無しですから。レギュラーにはばればれなんです。
滝はそう言って、綺麗に笑う。
そして、滝は俺の隣に立った。
「それで、先生は悩んでる。二人の気持ちに間を挟まれて、自分の気持ちが分からなくなってる。………そうじゃないんですか?」
「………そう、なるな」
鋭い子だと思った。
俺や侑士、景吾を見てそこまで分かるのだから、すごいと思う。
それは多分、俺たちが分かり易すぎたということもあるのだろうけれども。
そして、滝はどこか人を安心させる雰囲気を持ってる。
だからだろう。
俺は自分の思いを滝に打ち明けていた。
滝は静かに、それを聞いてる。
全部聞き終わると、滝は簡単ですよ、と言って指を三本立てた。
「先生には三つの道がある。
ひとつは、どちらかと付き合うこと。
……でもそれは今の先生じゃ無理だよね。
ふたつめは、どちらとも付き合わない。
これは最終手段かな。
そして、みっつめ」
そこで滝は話すのをやめた。
代わりに、俺をじっと見る。
「二人のどちらかが好きなのか、先生が見極めるまで待ってもらう。
……これが最善だと僕は思いますよ」
どれも先生次第だ。
そう俺に言い聞かせるように滝は言った後、さっきとは打って変わって楽しそうにこう続けた。
「四つめもあったかな。先生が二人共と付き合うって言う選択肢」
逆ハーレム状態でいいかもしれませんよ。
悪戯っぽく笑って言う滝に、俺は釣られて苦笑する。
もやもやとしたものが飛んで、晴れ晴れとした気分になった気がした。
「さて。僕の出番もここまでかな。王子さまが来たみたいだし?」
「「!!」」
滝の言葉の後に、屋上のドアを蹴破るような形で景吾と侑士が現れた。
二人の必死の形相に、自然と笑みが零れる。
「それじゃ、先生。また、授業で」
「ああ、ありがとな。滝」
最後にもう一度笑って、滝は屋上から出て行った。
残ったのは、息を整えている侑士と景吾と俺。
今なら言える。
そういう気が、した。
「俺は、決めたぞ」
「「………………」」
俺の言葉に、二人は黙った。
俺にどちらが選ばれるのか、じっと待ってる。
でもきっと、身構えてる二人には力の抜ける答えだ。
俺が出した、答えは。
「俺には、二人を選ぶことはできない。………今はな」
「今は……?」
怪訝そうな顔をして、景吾が俺を見る。
侑士も同じ思いなんだろう。
同じような表情をして俺を見ていた。
「そう、今は。侑士や景吾のこと、俺はまだよく知らない。いくら景吾が俺と昔いたからって、最近のことは知らないからな。
侑士に関しても知らない部分が多い。俺はエスパーじゃないし、サトリでもないからな。だから、俺の選んだ答えは」
そう言って俺は、さっきの滝みたいに、指を一本立てた。
息を大きく吸い込んで、宣言する。
侑士や景吾が多分、予想していなかった答えを。
そしてそれは欲張りな俺の答え。