忍足……じゃなかった侑士と不本意な同居を始めて数日。
遂に、俺の恐れていたことが起こってしまった。
俺の恐れていたこと……それは、景吾に侑士との同居がばれることだ。
「なぁ、。これはどういうことだ?説明してもらおうじゃねーか」
跡部景吾(15)
俺の従兄弟である彼は現在、俺を壁まで追い詰めて素敵な笑顔を見せてくれた。
だがそれは温かみも一切ない、絶対零度の笑み。
その証拠に、目が笑ってない。
「け、景吾。まずは落ち着け、な?」
「あーん?俺は落ち着いてるぜ。十分とな」
……今日の景吾は、いつもよりかなり機嫌が悪いようだ。
もちろん、俺がさっさと侑士と同居したことを言わなかったのがいけないんだろうが、それ以外の理由もある………気がする。
つーか、目の前の景吾がとにかく怖い。
現在、景吾の顔は俺の顔と数十センチしか間がない。
そのせいか、景吾の表情が嫌というほど分かってしまう。
もう、冷や汗はだらだらと流れてるだろう。
こんなときに限って、侑士はいない。
いや、いない方がいいのかもしれない。
今の景吾は、侑士を見た瞬間、跡部の力を使ってなにを仕出かすかまったく分からない状態だ。
下手をしたら景吾は、犯罪に走ってしまう。絶対に。
「言えよ、」
「っ…!」
反射的に逃げ出そうとした俺の手首を、景吾が掴む。
力が込められたそこは、骨が軋む音がしそうなくらい、痛い。
思わず、顔を顰めた。
「けい―――」
「なんでだ?俺には、言えないことなのか?前は……話してくれただろ?」
怒りに染まっていた景吾の瞳が、少し哀しそうな瞳をして俺を見ていた。
手首には力が相変わらず入ってるが、痛さより、景吾の表情の方が気になってくる。
「なぁ……何か言えよ、…………」
景吾の言葉とともに、俺の肩に景吾の頭がコツンと乗せられる。
手首を掴んでいた手はもう、ない。
ただ、景吾の柔らかな髪が俺の目に入った。
これをやるのは、景吾の癖だ。
俺が景吾と出会ったころ……景吾が五歳のときだったか。
景吾はこんな風に、時々感情が爆発しそうになるときがあった。
伯母さんの話によると、景吾がこうやって来るのは俺だけらしい。
妙に景吾が俺に懐いてきたから、よく借り出されたな………景吾のお守りに。
あの頃は楽しかった。
景吾は一人っ子の俺にとって弟みたいな存在だったし、なにを考えてるのかすぐに分かった。
でも…今じゃ分からない。
景吾がどうしてこんなに苦しそうな表情をするのか、分からない。
俺に言えることは、唯一つだけ。
「ごめんな、景吾」
「……俺はそんなことが聞きたいんじゃねーよ。それに、撫でるな」
それだけじゃいけないかと思って、髪を撫でてみたんだが………景吾は気に入らなかったらしい。
………昔はこれで機嫌直してくれたんだがな。
やっぱり、ダメか?
でも口でそう言ってるだけだし、嫌がる素振りはないから…別にいいよな。
「…」
「あ?」
そうしていると、不意に景吾が顔を上げて。
真剣な表情をして俺を見ていた。
次に景吾は俺に向かって右腕を伸ばして?
やけに長い指で俺の顎を持ち上げて……………ってまさか!?
「ちょ…っ!景吾!なにするつもりだ!?」
「キス」
「〜〜っ!馬鹿か、景吾!!」
なにを言うんだ、まったく……。
一体、いつからこんなことをさらりと言えるようになったんだ!?
叔父さん、どういう教育をしてるんだ!
「失礼だな。俺は至って本気だぜ?」
「そう言うことは好きな人に言え、好きな人に!!」
俺が景吾にそう言い返すと。
景吾は顔を歪めて、小さく舌打ちした。
最近、柄が悪くなってる気がするぞ………?
「…お前、本当に分かってないのか?」
「なにがだ?言葉にしないと分からないだろ、普通」
大体、俺は超能力者じゃないんだ。
声に出して言ってもらわないと、伝わらないだろ。
それにしても…なんで景吾はこんな顔をするんだ?
まるで、
『ダメだな、こいつ』
って感じな顔だぞ。失礼にも程がある。
「…鈍すぎだろ」
しかも、溜息付きでこんなことを呟かれた。
鈍いって、もしかしなくても俺のことか?
「だから、なんなんだ?俺が気づいてないことなんだろう?はっきりと言葉にして言わないと分からないぞ」
「…一回しか言わねーからな」
気になって俺が問い詰めると、景吾はそう言って深呼吸をした。
どうやら景吾にとって、一回しか言わないくらい重要なことらしい。
俺は、景吾が口を開くのを待った。
でもそろそろ、侑士が帰ってくる時間だったような…。
「、俺は―――――――」
「跡部ッ!!さんになにしとんのや!?」
バン、と勢いよく開けられた玄関の扉。
壊れるんじゃないかと一瞬心配したほど、音は凄かった。
そして、凄まじい勢いで俺と景吾を引き離した時の侑士の形相も凄かった。
「別になんにもしてないぜ。見りゃ分かるだろ」
「そう思えん体勢やから聞いとんのや!!」
言いかけた言葉を中断されて、景吾は少し不機嫌だ。
侑士はそれに気づいているのか、気づいてないのか(多分気づいてないと思うが)、そのまま俺をぎゅっと背中から抱き締めてきた。
相変わらず、侑士は俺に抱きつくのが好きだな……。
だが、重いぞ。
「余裕、無いんだろ?」
「煩いわ、ほっといてや。跡部には関係ないやろ」
「それはどうだろうな。その可能性は無いかもしれないが、もしかしたら有るかもな」
「…なんやて?」
俺を挟んで二人は、意味深な言い合いをする。
主語が入ってないせいで、話はさっぱり読めない。
分かることといえば、余裕満々な景吾と不機嫌で眉を顰めた侑士が睨み合ってるくらいだ。
「言葉通りの意味だ」
「………絶対、あげんよ」
更にぎゅーっと抱き締めてくる侑士。
……暑苦しいんだが。
更に肩に侑士が顎を乗っけてるから、横を向けばかなりの至近距離で横顔が見れる。
侑士は俺がこっちを向いたことに気づいたのか、瞳を細めて笑った。
不意打ちとも取れるその笑顔が、眩しい。
少し恥ずかしくて、思わず目を逸らしたけれども、その次に景吾と目が合ってしまった。
やはり景吾は、どこか不機嫌で。
また舌打ちすると、玄関へ向かって行ってしまった。
「景吾っ!」
そんな景吾がまだ少し、心配だった。
俺は侑士の腕からするりと逃れると、景吾の後を追いかける。
ごめんな、侑士。
「景吾っ!!」
俺はエレベーターの前のところで、やっと景吾に追いついた。
呼び止めようとして名前を呼ぶと、景吾はゆっくり振り返る。
その顔には、なぜか驚愕があった。
「…なんで、追いかけてきた?」
「なんで、はないだろう?さっき景吾が言いかけた言葉、聞いていないからな。わざわざ聞きにきてやったんだよ」
どうして俺が追いかけてきたことに驚いていたのかはこの際、置いておく。
さっき景吾が俺に言いかけたことを聞こうと、俺は景吾の服の裾を掴む。
もちろん、景吾を逃がさないようにする意味もある。
そうすると、景吾はさっき侑士が俺にやってたみたいに、ぎゅーっと抱きついてきた。
………甘えたい年頃か??
「まず先に俺は、どうして忍足がを名前で呼んでいるのか、
がなんで忍足を同居までさせた上、名前を呼んでいるのか。それが知りたいところだな」
「……今度、説明しに景吾の家に行くから、それまで待てよ」
景吾はやっぱり、根に持ってた。
こんなところは昔から変わってないな……。
こういうときの景吾は、何を言っても引かないから、おとなしく説明しておくが身の為だ。
それに俺、嘘ってできないタチらしいしな………そんなに顔に出るのか?
いや、でも感情はあまり顔に出ない方のはずなんだが。
なんたって、侑士への気持ちを隠してるくらいだからな。
「楽しみにしてるぜ?」
「〜〜〜っ!!」
耳が弱いことを知っていて、景吾は俺の耳元で囁いた。
確信犯だな、こいつ。
しかも、意地が悪いという最悪のパターンだ。
小さい頃は笑って許したけど、今はそうじゃおかないぞ!?
そんな反撃しようとした俺の意図に気づいたのか、景吾はにやりと不敵に笑って(こんな笑みの景吾には要注意だ)、驚きの行動に出てくれた。
いや、出なくても良かったんだが。むしろそっちを望みたい。
「あの言葉の続きは…また、今度な」
「ッ!?」
事もあろうか、景吾は……俺の額にキスをしたのだ。
完ッ璧に、下に見られてないか?俺。
景吾があんなことをするから、心臓が驚いてドキッとしたぞ。
多分……びっくりしたんだと思うが。
「景吾ッ!!なにするんだ!」
「減るモンじゃねだーろ。じゃーな」
景吾はエレベーターに乗り込みながら、そう言った。
エレベーターのドアが閉まる寸前、景吾が軽く手を振る。
俺は半ば条件反射で、手を振り返していた。
その間にも、心臓はドクドクいってる。
………やっぱりこれって。
そういうことなのか?
俺って……侑士が好きじゃなかったのか?
その前に、景吾といい侑士といい、男(しかも年下)になんでトキメクんだ??
「…マジで俺、ヤバイかもな…………」
近くの壁に寄りかかって、今でも早鐘を打つ心臓を押さえながら、心底そう思う。
これから俺、どうやって景吾と顔を合わせればいいんだか……。
それに、侑士のこともある。
………………マジで、どうしよ。
の紅くなった顔を見届けた後、俺はゆっくりと降りていくエレベーターの壁に、寄りかかった。
普段、女にしていることが、になった途端、はっきり言って緊張した。
俺らしくもねぇ。
それだけ、余裕が無いっつーことだろうが……はっきり言って、奴らがまだ気づいてないことに呆れた。
それもだけじゃなく、忍足もだぜ?
俺と同じくらいに浮いた噂があるあいつが珍しく、の気持ちに気づいてなかった。
まあ、はポーカーフェイスだけはうまかったから、それに騙されてるってのもあるんだろうがよ。
まさか、気づいてなかったとはな……………。
でも俺はこれで、決めた。
伊達にを思い続けて、何年も生きちゃいねーよ。
早々諦められるはずがねえ。
の反応もまんざらじゃないようだしな………本気でいかせてもらうぜ。
どうやらはまだ、ぐらついてるようだしな。
そこをつけば俺にもチャンスはあるはずだ。
「なあ、忍足……お前が悪いんだぜ?」
お前が隙を見せちまったからな。
覚悟しとけよ、忍足。
それに………もな。