あれから一週間が経った。
俺は自分と忍足の気持ちに気づいていながらも、変わらない毎日を過ごしている。
特に変わったことはない。
相変わらず、忍足のスキンシップはある…………前より激しくなってる気もするが。
そして景吾は不機嫌なときが多い。
それ以外は、まったく普通に生活していた……はずだった。
「先生、待っとったで」
仕事を終えて帰ってきた俺の耳に、毎日必ず聞く声が入る。
そしてその声の主は、俺の家のドアの前にいた。
「お、忍足?」
「そや」
一瞬、誰か分からなかった。
なぜかといわれると簡単だ。
忍足は制服じゃなくて、私服でいたからな。
そのせいか、やけに大人っぽく見える。
制服を着ていても、そう見えるのに私服だと余計にそうだ。
それだから俺は分からなかった。
分かってから発した言葉は見事に、声が裏返っている。
やばい、マジで驚いた。
「……で、忍足はどうしてここに?」
「それがやなぁ……俺、家出してきたんや」
あー……………家出って、あれだよな?
文字通り、家を出るってやつ。
それってもう少し、深刻そうな顔をして言うんじゃないのか?
どう見ても忍足は、いつも以上に爽やかなんだが。
「……とりあえず、中に入れ。事情はそれから聞いてやるから」
俺はそう言って、忍足を招きいれた。
この際、忍足が結構な荷物を持っていたことは……気にしないでおいてやろうと思う。
その意味を知るのが、なんとなく怖い気がするからな………。
……それから、十分後。
俺はソファーで頭を押さえて座っていた。
マジで、頭痛がする…。
「なあ、先生。聞いとるん?」
「あ、ああ………………一応」
心配そうな顔をして、忍足が俺の顔を覗き込む。
そうさせたのは彼自身なのに、その本人はどこか嬉しそうだ。
ちなみに忍足が家出した理由は、まだまだ先の高校卒業後に関してだった。
どうやら忍足の実家は関西方面でも指折りの大病院を経営しているらしい。
それで跡取りの忍足は、高校を卒業したら帰らないといけないらしいんだが、
忍足は何か東京に未練があるらしく、ついさきほど帰らないと宣言した。
挙句に、両親と受話器越しに大喧嘩。
忍足の両親は、このままだと忍足が完全に帰ってこないと思ったのか、話を中学卒業までに早めた。
もちろんそれが嫌な忍足は、それならばこちらにも手があると言って電話を切り。
場所が知られているマンションを引き払って、俺の家にやって来た…………と、言うわけだ。
なんつー理由だよ………。
凡人の俺には理解できない。
「それでな、先生の家に住まわせてもらおうと思うて」
「ほー…………………………って、何っ!!」
一体忍足は、なにを言い出すんだ。
教師が生徒と同居なんかできるわけないじゃないか!
だがそんな俺の心中を察したみたいに、忍足は言葉を続けてこう言った。
「心配せんでも、理事長の許可は取っとるで。ほら、これに出てみぃ」
ぽいっと無造作に投げられる、ケータイ。
俺は仕方なくそれを手に取った。
「はい、代わりました。……り、理事長!?」
その電話の主は、氷帝学園を束ねる理事長のもので。
俺は反射的にソファーから立ち上がって背筋を伸ばしていた。
そして俺の口は自分でも分からないことを喋りだす。
「ええ。はい、はい…。尽力を尽くすつもりです。……いえ、ありがとうございます」
正直、自分はこのときかなり混乱していたんだろう。
なにしろ、理事長との会話は全て忍足のシナリオの元、成立していたのだから。
そのときの俺は思考が回りきらなくて…英語教師の性なのか、英語ばかりが浮かんでいた。
これも全て、忍足の手の内ってことか…。
策士め…………!
結局、俺は忍足を無期限で家に置くこと了承してしまった。
もちろんその分、給料は弾むらしいが。
「ちゅーことで、よろしくな。さん」
「………教師を名前で呼ぶな」
「プライベートぐらいええんとちゃいます?せやから俺のことも侑士って呼んでやv」
にこりと微笑んで言う忍足は、背後から俺をぎゅーっと抱きしめていた。
いや、それはいつものことなんだが………。
「それよりこの腰の手、どうにかしてくれないか」
さり気なく、セクハラだ。
いや、もう景吾に何回かやられてるから別に気ならないんだけどな。
一応、教師の体裁ってものが……。
「嫌や。…さんが呼んでくれたら離してもええよ?」
忍足くんが耳元で囁いた瞬間………背筋がゾクっとした。
耳は俺の身体の弱いところの一つだ。
それと、首も。
多分、忍足の行動は無自覚なんだろうが………。
結構、厳しいものがあるんだぞ。色々と。
「さん?耳、紅いで」
「〜っ!気のせいだッ!!」
そのまま忍足の腕を振り払おうとするが、流石テニス部レギュラー。
力は俺より強いようだ。
これでも中学のときは俺だって、強かった方なんだけどな…。
「なに考えとんの?無視されたら俺だって考えがあるんやで」
忍足は耳元で怪しく笑うと、さらに俺を攻撃してきた。
そして、その攻撃とは。
「っぁ!!」
ウィークポイントである耳朶を、甘噛みすることだった。
くそ……っ、確信犯め………。
「言うてくれる気になった?」
「……………侑士。言ったんだから離せよ?」
この状況を打破する為、仕方なく口にしたこの言葉。
それだけでも忍足は満足だったらしい。
俺を正面から抱きしめる際に、かなり満足そうな、それでいて幸せそうな笑みを見せた。
「これからよろしゅうな、さんv」
「よろしく、忍た……」
「侑士やろ?」
どこか含みのある笑顔で言ってくる忍足。
それをどこか恐ろしいと思うのは、当然だろう。
「……侑士」
なんか、俺、忍足くんのペースに乱されっぱなしじゃないか……?
俺が「侑士」と呼んだときに初めて見た忍足………じゃなかった。
侑士の笑顔が、密かに俺の鼓動を早くさせていたことなんて、絶対秘密だ。
しかも思わずかっこいいと思ってしまっただなんて………不覚を取った。
正直、自分が分からなくなってくる。
でもこれだけは断言できるな。
これからの俺の生活が波乱万丈だ。