夢か現実か分からない中、
俺は声を聞いた
よく聞こえなかったそれはとても悲しげで
だからなのだろうか、余計に俺の心に残った
「Whom is that…?」
『あれは誰…?』
暖かい感じがして、俺は目が覚めた。
気のせいかもしれないが、このソファー…硬くなってないか?
「先生、おはよさん。よぅ寝とったなぁ」
「…っ!?」
目の前にいっぱいに広がる、忍足の顔。
近くで見ると、顔のパーツひとつひとつが整っていることが分かる。
中学生を思わせない顔立ちだ。
「俺の顔じっと見て、どないしたん?何かついとるんか?」
「な、なんでもない」
忍足は、勘がいいから気をつけないとな…。
そんなことを考えながら、俺はソファーの背に顔を向けた。
あれ……?ソファーの背じゃない…。
俺の目の前にあるのは、白いシャツみたいなもの。
これは、もしかすると…………。
「先生、この体勢は俺としては嬉しいんやけど」
「〜っ!!」
その白いシャツは氷帝の制服。
それを着ているのは、この部屋では忍足だけなわけで…。
つまり、俺は今まで忍足の膝で寝ていたわけだ。
そう思った瞬間、俺の身体はソファーから跳ね起きた。
同時に、俺にかけられていたらしいブレザーが落ちる。
俺は慌ててそれを拾い上げた。
それにしても…生徒の膝で寝てたなんてかなり恥ずかしいことだ……。
「これ、かけてくれたんだな。ありがとう」
忍足を直視できず、顔を背けたままで俺はブレザーを突き出した。
顔、赤くなってないといいんだけどな…。
そう思っていたら、腕を強く引かれた。
忍足がブレザーではなく、どうやら俺の腕を掴んだらしい。
当然、強い力に俺はよろける。
忍足は、そんな俺の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
「先生、顔真っ赤やで。恥ずかしいん?それとも―――」
俺のこと、意識しとるん?
「……っ!」
耳元で、囁かれる言葉。
それで、俺は気づいてしまう。
……心臓の鼓動が、いつもより早いことに。
「先生、好きや」
忍足の言葉と共に、きつくなる腕。
俺を腕の中に留めるように、強くなっていく。
「好きなんや………」
忍足の声が、あの夢の中の声と重なる。
悲しげで、誰かが泣きそうな声。
今の忍足の声は、そんな感じがした。
多分、彼は追い詰められたような顔をしてるんだろう。
「忍足………」
でも俺が、顔を上げて声をかけることはできない。
俺は彼の想いに応えることはできないからだ………。
しばらく、忍足は俺を抱きしめていた。
何にもできない俺は、ただ抱きしめられているだけ。
こうしている間にも、忍足の想いは俺に伝わってくる。
彼の心臓の鼓動がそれを教えてくれた。
自分と同じく、鼓動の早いそれ。
俺はそのとき初めて、彼の想いの深さを知った。
そして………ずっと俺の中でくすぶっていた感情の正体も――――
知った気がした。
先生はあの後、俺を車で送るって言うてくれた。
それこそ、さっきのことがなかったみたいにや。
先生の顔はまだ、ほんのり赤い。
あんとき、俺は先生を今度こそ諦めるために、けじめとして抱きしめた。
先生がなんも言わんでも、俺は満足だったんや。
そないなのに、先生は俺を呼んでしもうた。
『忍足………』
と。
たった一言。
その一言が俺を捕まえた。
その仕草一つで俺を揺るがす、先生。
俺をこないに振り回すの、先生ぐらいやで?
なのに、先生は気づかへん。
先生は俺の気持ち、いつ知るんや……?
「忍足の家ってこっちか?」
「そっちやけど、途中のコンビニで降ろしてくれたらええよ。晩ご飯、買わんとあかんし」
こんなことなら、作り置きしておくんやったなー…。
でも週のほとんどがコンビニのやつやから、大差あらへんな。
「駄目だぞ、忍足。栄養配分をぐらい考えて食え。スポーツは身体が資本だろ?」
「そうやけどなぁ………。俺、一人暮らしやし」
一人暮らしだと、作りがいがないからなあ。
もちろん先生の為なら、喜んで作るんやけど。
「なら、俺の家に来いよ。今日は忍足に迷惑かけたしな………カレーでいいならあるぞ」
夢のような、先生の申し出。
俺が断るはずがないやんか。
「ほな、行かせてもらいます」
俺がそう言うと、先生は微笑って車の方向を変えた。
………。
俺の気分は、先生と俺を玄関で出迎えた跡部のおかげで急降下した。
それは、跡部も同じことやと思う。
「、なんでこいつがいるんだよ」
「何で…って、色々迷惑かけたし、コンビニでご飯買うって言ってたから連れて来たんだが。でもまさか景吾まで来てるなんて思わなかったな」
どうやら跡部がおったのは、先生も予想外やったらしい。
それにしても、ここに入れるっちゅーことは、合鍵を持っとるってことかいな…。
「ま、カレーはいっぱいあるからちょうどいいか。二人とも、寛いでてろよ。少ししたら持ってくるから」
先生は、スーツを脱いでカッターシャツ姿になると、キッチンの方へ向かって行った。
リビングで、跡部と二人きり。
かなり居心地が悪いんやけど…。
「で、何で跡部がここにおるんや」
「の従兄弟なんだから不自然じゃねーだろ」
それって、俺がいることが不自然って言いたいんやろな。
つくづくむかつく奴やなー…。
学校でも俺と先生が二人でおったら邪魔してくるし。
今も、合鍵を見せびらかすようにしとる。
これは、あれやな。
自慢や。
そんなに先生を俺に取られとうないんやろう。
それとも…俺と同じように、先生が好きなんかも知れん。
そう思うたら、跡部に対しての嫉妬心がぐるぐると心を掻き乱し始めた。
同時に、ある考えが浮かぶ。
一か八かの―――賭け。
俺はそれに賭けてみようと、決心をした。
知ってしまった、彼の真剣な気持ち。
気づいてしまった、俺の気持ち。
彼を見るたびに、心がざわめく。
これ以上、彼に囚われてはいけない。
だから俺は…気がつかないフリをする、知らないフリをする。
その度に、ズキンと痛みが走る。
身体ではなく、心に。
いつまで隠し通せるのか、分からない。
それでも彼が傷つく姿を見なくていいのなら、俺はそれでいい。
そうしなければ、いけないんだ。
なぜなら――――
「Since I get to know…」
『俺は知ってしまったのだから…』