、改め、跡部。
モデルハウスごとお買い上げされて、三年が経ちました。
三年前のあの日、俺の周囲はがらりと変わった。
まず、家族が増えた。
義母さん、義父さん、それと………義弟で俺に惚れたと抜かす景吾。
学校も、氷帝学園高等部へと変わってしまった。
それもこれも、すべて景吾の仕組んだこと。
おかげで、学校でも家でも景吾にべったり張り付かれている。
景吾に関する俺の悩みは多い。
代表的なものだと………
・勝手にベッドに潜り込むな
とか
・抱きつくな、キスしようとするな
だろう。
特にベッドに潜り込む件なんか、俺がぐっすりと熟睡した頃に忍び込んでくるらしく、目を開けたら景吾の腕の中、というのは珍しくない。
抱きつくのはもう、日常茶飯事で俺も半ば諦めかけている。
でも、キスだけは、三年前からずっと死守している。
そして今年は………景吾が十八になる。
三年前、言っていたことが実行されるなら俺は景吾の子どもになってしまう。
親より一歳年上の、子どもに。
マジありえねー。
つか、本気?みたいな感じだ。
でもこいつは、有言実行の男だ。
それは嫌というほど分かっている。
だから尚更、嫌だ。
「おい、」
ああ、幻聴まで聞こえるぜ。
こりゃ、末期症状だな。
ノイローゼかもしれない。
「キスするぞ」
「ぎゃっ!」
顔のドアップー!
俺の本能が逃げろと言っている。
咄嗟に後ろに跳んで、俺は景吾より逃げた。
こつん、と背に当たるのは壁。
目の前には、迫る景吾。
あ、この光景、どこかで………。
………………………三年前と一緒じゃんか!!
「どこ見てんだよ」
「痛っ」
おいおい………そっち向かせるのに人の首を捻るなっ!
今、ぐきっていったぞ、ぐきっと!
力の加減しろよ、この馬鹿力ー!
とか罵詈雑言を俺が心の中で言っていた時、やけに機嫌が良さそうな景吾がわざわざ俺の耳元で、死刑宣告のような言葉を言ってくれた。
「明日、俺の誕生日だぜ?楽しみだな」
「は!?」
嘘だろ?
マジで?
早いよ、一年。
もう一年延ばせ。
俺はまだ、解決策も何も用意してないっつーの!
楽しみだとー?
楽しみなのはお前だけだこのやろー。
「幸せにしてやるからな」
わー……結婚するようなときの言葉を吐いてくれましたよ、この御方。
キザな奴。
んでもって、言い逃げですか!?
頼むから、意味深な笑みを残して去るなよ!
いや、部屋から出て行ってくれるのは嬉しいけど。
「はぁ…………。どうしよ」
タイムリミットは、明日だ。
それまでに、養子縁組をぶち壊す策を練らなければいけない。
俺は夕食を取るのも忘れて、机に向かって策を考え出した。
「…………浮かばない」
時刻は、午後10時。
あれこれと考えたけど、どれも状況と照らし合わせると無理なものばかりだった。
できそうでも、道具がなかったり。
結構、大変だ。
この際、窓から逃げ出すしか……………ん?
窓から逃げ出す?
「その手があったか!!」
何でそんな簡単なもんに気づかなかったんだろう。
オードソックスで、一般的なものなのに!
幸い、ここは二階だ。
環境もばっちり、整っている。
そうとなれば、脱走準備だ。
大学のものと、必要最低限の生活用品。
靴は、まだ使って無くてしまっていたものを装備。
これくらいでいいか?
重かったら、走る時大変だしな。
「………よしッ!やるか」
荷物も持って準備万端。
悪いな、景吾。
これも俺の平穏な日々のためだ。
そう思って俺は、窓から勢いよく飛び降りた。
けど………な?
飛び降りる時は下を確認しましょう。
それを俺は身をもって学んだよ。
「うわっ、そこどけ〜っ!」
「あ?」
重力に従って落下中の俺の身体+荷物。
荷物は下の誰かさんに当たらないように、咄嗟に投げた。
だけどその反動で俺は方向転換がうまくできなくなる。
くそう、下に誰もいなかったらうまく着地できたのに!
俺は衝撃を予想して、目をぎゅっと瞑った。
けど、衝撃は来ない。
来たのは、誰かに抱き締められてるようなとした感覚。
「あ、れ………?」
「………っ、大丈夫か?」
聞き慣れた声が、下からした。
びっくりして見てみると、そこにいたのは景吾。
月の光で髪が、きらきらと輝いていた。
青い瞳が、心配そうに俺を見上げてる。
普段見るのと違う景吾に、俺は思わず息を呑んだ。
こんなに景吾って、かっこよかったっけ………?
「………?」
「え!?あ、うん。大丈夫っ!」
はっと我に返った俺は、急いで景吾の上からどこうとした。
けれども、俺の背中に回った景吾の腕がそれを許してくれない。
「離してよ、景吾」
「………なぁ、」
人の話、聞けよ。
スルーするな、スルー!
「なんだよ」
「そんなに俺が嫌いか?夜逃げしようとするほどに」
「……………」
確かに俺は逃げだそうとした。
跡部景吾という鎖から。
けれどもそれは、景吾のことが嫌いだからじゃない。
少し強引なところもあるけど、景吾は基本的にいい奴だ。
だから、嫌いじゃないけど…………好き?なのかは分からない。
「嫌いじゃ、無い」
「ならどうして逃げようとした」
その言葉と共に、ぐるんと視界が回転した。
景吾と体勢が反対になって、景吾は俺の両手首を掴んだ。
痛いほど、強く。
それも気になったけど俺は、それ以上に哀しい色をした青い瞳に惹かれていた。
こんな色、見たことがない。
それだけ景吾が真剣なのだということを俺は痛いほど知った。
「それは……っ!」
「お前は俺のことをどう思ってるんだ?この際、聞かせて貰おうじゃねーか」
一分待ってやる、景吾はそう言って黙った。
けれども瞳は俺を捕らえたままで、俺を逃がさないとでも言うように手首を掴む力が一層、強くなった。
俺は、一分という限られた時間で一生懸命頭をフル回転させた。
景吾は嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど……好きでも、ない?
あといくらかで俺の義弟から義父へとなる景吾。
俺は景吾をどう思ってる?
そういえば一回、夢を見た。
いつだったか忘れたけど、真っ暗な闇の中に俺が一人でいる夢。
誰もいないそこを、俺は闇雲に走ってた。
寂しくて、寂しくて。
一人でいるのが嫌だった。
闇を、夜を怖がるようになったのは、両親が死んでから。
引き取られてもその気持ちは変わらなかった。
けれどもそれが平気になったのはいつ?
跡部家に来た頃はやっぱりまだ怖かった気がする。
そうして走っているうちに、俺は光を見た。
綺麗な綺麗な、目映いばかりの光。
俺はそれに手を伸ばした…………。
そうだ、それで起きたら目の前に景吾の顔があったんだ。
ぎゅっと抱きしめられる形で、俺は景吾の腕の中にいた。
ずっと感じてなかった温もりに、安心した。
それからだ。
俺が夜を、闇を、怖がらなくなったのは。
同時に、景吾のことも意識し始めたのはそのころだと思う。
さっきまでの俺は気がつかなかったけど、今の俺は気がついた。
俺は……………
「すき、だと思う」
「…だと思う?」
「うん、多分」
「…多分?」
「そう」
景吾は難しそうな顔をした。
なんだよ、俺の答えに不服なのか?
まだよく分からねーんだから仕方ないし。
これが善良の答えだ。
「…三年、答えを待ってこれか」
「悪いか。不服なら俺は出てくぞ」
準備だってできてる。
後は景吾が俺を解放してくれれば問題は無いんだ。
いつでも出て行ってやる。
「それは許さねぇ。お前は、俺のものだ」
「………っ」
あーもーっ!
恥ずかしい奴だ!!
嫌いになれない俺もどうかしてる。
「なあ、。覚悟しろよ。お前は俺から一生逃げられないんだ」
景吾は俺の手首から手を離して、俺に左腕を見せてきた。
見せてきたのは腕じゃなくて………時計?
なんだよこれ、と見上げると、いいから見ろと景吾が言った。
ええとなになに?
現在時刻、零時零分。
……………まさかっ!?
「昨日、10月4日ぴったりに処理しろと言っておいたからな。俺とお前は、親子だ」
「……………………え」
あー…………マジでやってくれましたよ、この御方は。
もう義弟じゃなくて、義父か。
そうか、一歳年下の義父か。
結婚の際はどうするんだ。
子連れか?
シングルファザーか?
ああもう………頭、混乱中。
まあ、とりあえずこれぐらいは言っておくべきだろうか。
「ヨロシクオ願イシマスヨ、オ義父サン?」
片言なのは俺が混乱している証拠だ。
もう、開き直ってやろうか。
「ああ、分かった。大事にしてやるよ。俺が本気にさせてやる」
全力でいってやるよ。
景吾は俺の耳元でそう囁いた。
……ちょっと、今のでぐらりときた。
危ない、危ない。
そう簡単におちてたまるか。
めいっぱい反抗してやるんだ。
精々、子どもの反抗期に悩め。
「愛してるぜ、」
そうして重なった唇は。
なぜか嫌じゃなかった。
好きだよ、景吾。
いつか、そう言えるような日が来る。
きっと、それは、近い未来に。
おまけ
「げ、なんで来るんだよ景吾っ!」
「あーん?子どもの卒業式に出るのは親って決まってるだろうが」
「だからって…!」
「それとも、“恋人”として来て欲しかった……とか」
「…っ、馬鹿っ!!」