俺、十六歳。
目が覚めるとそこは豪華な部屋でした。
俺は、身内が一人もいない。
いわゆる天涯孤独というやつだ。
今年初めに両親を失ってからは、母さんの友人で建築会社社長の陽子さんに保護者をやってもらってる。
陽子さんは、中々優しい人だ。
何か手伝おうかと俺が言ったら、「くんは気にしなくていいのよ」と言ってくれる。
でも、そう言われて引き下がる俺ではない。
なにしろ、生活費まで払ってもらっている上に一人暮らしまでさせてもらってるんだから。
なので俺は、陽子さんの会社を手伝うことにした。
何回かの説得の上、陽子さんはどうにか了承してくれた。
俺の主な仕事は、モデルハウスのスタッフやデスクワーク。
こう見えてもバイト経験豊富なんだから、こういうことには慣れてる。
そのうち、他のスタッフとも意気投合してきて俺も結構一人でやらせてもらえるようになった。
そして、俺が新しい出来立てのモデルハウスに配属されたのは今日のこと。
どうやら今回、いつも出資してくれている人が来るらしい。
陽子さんのところは少数精鋭派なので、人手が足りない。
そういうわけで、俺は回されてきたらしい。
そのおかげで、いつもより数倍の量の仕事が俺に回ってきた。
昨日から徹夜している身体には結構きつい。
やっぱり、バイトの掛け持ちは無謀だったみたいだ。
…今度から気をつけよう。
そんな疲れ果てている俺の目の前に、展示品であるベッドが目に入る。
寝たい。
今すぐ寝たい。
というか、寝かせて。
俺の身体は意思とは反対に、ふらふらとベッドの方へ寄っていく。
さすがに、迫り来る眠気には勝てないらしい。
俺はそのままベッドへダイブした。
んー…気持ちいいー……
幸せだー…
ごろりと転がっていると、やはり眠気は俺を襲ってくる。
目を閉じたくないのに、閉じてしまう。
やば…マジで眠い……
そう思った瞬間、俺の意識は眠気に侵食された。
――――で、今に至る。
俺はエスパーじゃないから、瞬間移動なんて無理だ。
その前に、寝てる状態じゃ無理だ。
それとも、俺が寝ている間に匠が来て劇的にリフォームしたのか?
俺の頭の中でどうでもいいことがぐるぐると回る。
とりあえず、このやけにでかい豪華なベッドから降りよう。
なぜなら、落ち着かないから。
んでもって、さっさと部屋から出よう。
そう思った俺は、ドアノブに手をかけようとした。
ガチャ。
…ガチャ?俺、手を伸ばしただけでまだ開けてない…って!?
「やっと起きたか」
ドアの向こうから現れたのは、いかにも俺様な感じの奴。
俺より先に開けたのはこいつかよー。
「…どちら様で?」
「あーん?買い主にその言葉かよ、」
…買い主??
飼い主、とかじゃなくて買い主?
というか、なんでこいつは俺の名前知ってるんだ?
「買い主??アンタが?」
「ああ」
「誰の?」
「お前の」
………。
俺、何円で買われたんだ!?
いや、そうじゃなくてなんで俺が買われてんだよ!?
いまいち、状況がわからないじゃんか!
むしろ、ややこしくなった?
「なに黙り込んでんだよ」
「何円で買われたのか考え中だから、邪魔すんな」
いやいやいや、言いたいのはそうじゃないだろ俺!
「知りたいか?お前の値段」
「知りたいよーな、知りたくないよーな…」
聞いたら、帰れない気がするんだよなー…。
こいつの悪人のような笑みがそれを物語ってるし。
てか、こいつ誰?
「あのさ、そこの俺様な奴」
「ああ?俺のことかよ」
「アンタ以外に誰がいるんだよ。俺、あんたの名前知らないから呼びようがないし」
大体、最初に名乗るものじゃないのか?
やっぱり、こいつは俺様だ。
俺が「俺様な奴」って呼んだら、答えたし。
一応、自覚はあるんだな。
「跡部景吾だ。景吾と呼べ」
「…それじゃーな、跡部。もう二度と会わないことを祈る」
俺様に加えて、絶対こいつはナルシストだ。
こんな奴に構ってられるか。
付き合ってられないし。
そして俺はこの部屋から出ようとした。
だけど――……
「待て、。どこへ行く気だ?」
「どこって…俺の家に決まってるじゃん。いい加減、手を離せよ」
「お前の家はここだ」
「は!?」
ちょっと待てちょっと待てーっ!!
いつからこんなゴージャスな部屋のある家が俺の家になったんだよ!?
「冗談だろ?」
「本当だ。証拠もあるぜ」
テーブルの上にあった二枚の書類を跡部は手に取ると、俺に渡してきた。
これが証拠なのかと思いつつも、俺はそれを見た。
「…跡部。これ、マジ……?」
「景吾と呼べって言ってんだろうが。…それに書いてあることは真実だぜ?」
二枚のうち、一枚には…俺+モデルハウスの値段が書かれていた。
それプラス、俺の保護者の陽子さんの印鑑まで…。
しかもその値段は、一般人やそこら辺の金持ちじゃ絶対無理な金額。
信じられねー…。
「もう一枚あるだろ?見てみろよ」
…きっと、これもタチの悪いことが書かれてるんだろうな…。
すっごく嫌な予感がするけど、見るしかないし。
つーか、それしか道がない。
そしてそれは俺の予想を遥かに上回るものだった。
「養子縁組!?」
「ああ、そうだ。それで分かっただろ?お前は“”じゃなくて、“跡部”。俺の義兄なんだよ」
…夢だな、これは。
きっと俺はモデルハウスのベッドで寝てるんだ。
そうに違いない。
「…寝よ」
「おい、ちょっと待て。いきなりなんだよ」
「これは夢だから寝るんだ。そうしたらきっと目が覚める」
思い立ったら即実行だ。
俺はさっきまで寝てたベッドに向かう。
勿論、このタチの悪い夢から覚めるためだ。
「冗談じゃねーな。…俺の気持ちも夢にするつもりか?」
怒ったような跡部の声が耳元で聞こえた気がした瞬間、俺の身体は壁に押し付けられていた。
…痛い。
「なんなんだよ、跡部」
「景吾だ」
なんでこいつはそんなに「景吾」って呼ばせたいんだ?
金持ちの考えはよく分からねー……。
「…あのさ、なんで俺に執着するわけ?デメリットになりはしても、メリットにはならないだろ」
見下ろされて、くやしいから睨みつけながら言ってやった。
こいつ、絶対年上と思ってないなっ!!
そう思ってたら、それが跡部に伝わったのか(そんなことないと思うけど)、やけに真剣な顔つきになった跡部が俺の顔を腕で挟むようにして俺を見ていた。
なんか、雰囲気が怖い。
もしかして俺、ピンチ?
「気になるなんなら、教えてやるよ」
「イエ、ヤッパリイイデス」
聞いたら絶対最後だ。
というか、聞きたくないって言っても絶対言ってくると思う。
現に、耳を咄嗟に塞ごうとした両手を?まれたし。
俺、絶体絶命。
「……だよ」
「え?」
あー…声、小さくて聞き取れないし。
言うなら、さっきみたいなでかい声で言ってくれー。
聞きたくないのが本音だけどな。
どうやらそれはやっぱり、跡部に伝わったらしい(マジかよ)。
奴は丁寧にももうう一回言ってくれた(言わなくていいっつーの)。
「好きなんだよ」
…………は?
「だ、誰が」
「俺が」
「だだだだ、誰を?」
「俺の目の前にいる跡部」
………………思考が一瞬、停止した。
なんで俺が男に告白されないとならんのですか!?
予想外の事態に、俺の頭、ショート寸前だし!
「本当はお前、俺と養子縁組するはずだったんだぜ」
こんな俺様でナルシスト、加えて年下の義父なんでいらねー!!
つーか、法律で無理だろ!
「まだ年が足りないから諦めたんだが…」
そうだ、諦めとけ。
年上の息子なんか持ったって、何の得にもならないぞ。
「まあ、俺が十八になったらその問題は解決するからな」
だから、年下俺様ナルシストな父親はいらないの!
「ここまで俺を本気にさせたんだ。覚悟しとけよ、」
覚悟なんかできてないし、するつもりもない。
ましてや、俺はアンタを本気にさせた覚えなど、一ミリどころか一ミクロンもないっ!!
マジで頭が痛くなってきた……。
「?」
やけに跡部の顔が近いなー…と思った瞬間、これまでの常識を覆すような出来事に遭遇してしまった俺の頭は完全にショートした。
もう、バイト先で寝ないようにしようと思った瞬間であった……。
俺様ナルシストな義弟に、自分より年下の父親なんて、絶対いらねー……。
天国の母さん、父さんへ。
俺は陽子さんのモデルハウスごと、破格の値段で売られてしまいました。
しかも養子縁組までされて、俺様ナルシストな義弟ができました。
はっきりいって、そんな弟は願い下げです。
更にそいつは俺に惚れているようです。
三年後にそいつの手によって養子縁組が組まれると思うと、身も凍る思いがします。
年下で俺様ナルシストな父親は要りません。
なのでそれまでに、我が身を守りつつ、どうにかする方法を探そうと思います。
さよなら、俺の平凡で平和な日々よ…