差出人も宛先もない、手紙が届いた。
窓辺にぽつんと置いてあるそれは、文字の書かれた手紙じゃなかった。
ラブレターかなーって思ったけど、何も書かれていない、ただの葉っぱだった。
だけどそれは俺にとって手紙だった。
一日が何の変哲もない中で、ただ一つ見つけた『変化』だった。
毎日変わらない日々の中で、唯一の『変化』だった。
もうナンパには飽きてたし、近寄ってくる女の子にも飽きてた。
学校にも行く気はしない。
だからだろうね。
それから俺は手紙を待ち続けた。
ただの葉っぱじゃ無いときもある。
木の実だったり、どんぐりだったり、小さな花や花びらだったり。
それはどれも、俺の部屋の開け放された窓に置いてあった。
自然の色を載せた手紙。
それはいつの間にか俺を魅了していた。
「誰だろう」
いつからか、俺はらしくもなくそんなことを気にし始めた。
それは、始めに手紙を貰ってから数ヶ月が経った日だった。
ある日、俺は自分から手紙を書いてみようと思った。
でもそれは、この手紙と同じただの手紙じゃない。
最初に貰ったのと同じ、ただの葉っぱ。
俺はそれを、いつも手紙が届く窓際に置いた。
次の日には運ばれたんだろうね。
もう手紙は無かった。
俺は手紙の返事を待ち続けた。
けれどもそれから、手紙が届くことは無かった。
俺はまた前の日常に戻っていた。
『変化』を求めて、ナンパや喧嘩を繰り返す毎日。
あっくんにも呆れられた。
南も怒ってた。
だけど俺は、どうでも良かった。
誰に宛てられたのか分からない、手紙。
俺はそれだけを待ち続けていた。
ある晴れた日のことだと思う。
その日はテニス日和で、俺はストリートテニスコートから帰って部屋にごろごろと横たわっていた。
やることないから、ぼーっとしてるだけ。
夕方の春の風は心地よく、部屋のカーテンを揺らす。
もう桜が咲いている頃だろうかなと俺は思った。
桜と関連して思い出すのは、入学するときに見た一本の桜の木。
裏庭にひっそりとある桜は、いつも綺麗だった。
前までは、春になるたびに行っていた気がする。
今はもう、そんなことをしなくなったけど。
不意にそんなことを思い出したせいからかな。
俺は桜が見たいと思った。
だが生憎と近くに桜の木はない。
学校の校門から校舎に続くまでの道のりには桜並木はあるけど、あそこには行く気になれなかった。
面倒だったから。
そんな、理由で。
気がつけば俺のの生活は、手紙を貰う前に戻っていた。
無気力で、何をするにも何の感情を持てない。
始終、怠い。
人生に飽きた。
人生に飽きたというと、よくおじーちゃんから「若い者が何を言うか」と言われたなー。
飽きたものは飽きたんだから、どうしようもないのに。
いつのまにか、最初に手紙を貰ってから一年が経過していた。
一年経っているのに、まだ手紙のことを気にしてる。
俺は相変わらず、無気力に生きている。
そのまま高校へ行って、勉強をして、友人と他愛のない会話をして、またナンパ。
そして、家に帰り、ご飯を食べて、テレビを見て、お風呂に入って、眠って。
そうしてまたその繰り返しだ。
俺の生活を例えるなら、真っ白なキャンパスだと思う。
否、真っ白じゃないかな。
灰色だ。
色なんか、俺の生活にない。
全てが色褪せて見える。
……なんて事を考える俺って、やっぱおかしい。
詩人だよ、これじゃ。
――――あの手紙が届いた頃が、懐かしかった。
そんなときだったかな。
また、手紙が俺の元に届いたのは。
葉っぱの手紙。。
そこには、文字が書いてあった。
「うらにわで」
うらにわ。
それは、中学の裏庭のことだろうと思った。
あそこにはたった一本だけ、桜がある。
樹齢数百年は経っているだろうといわれている、桜が。
そこは同時に、絶好のさぼり場だったりする。
俺もよくあそこでさぼった。
その木の下で寝たり、あっくんとさぼったり。
ああ、南に見つかったこともあったけ。
とにかくそこに来いと、その葉っぱは告げていた。
もう、夕方なのにね。
「ぴぃ」
不意に、鳥の声がした。
最近来た、ツバメの声。
声のした方向を見ると、ツバメが一羽だけ空を飛んでいた。
ああ、こいつが届けてくれたんだ。
俺はなんだか分からないけどそう思った。
ツバメは、もう一回鳴いて、去っていく。
俺はその葉っぱを持って、家を出てそのツバメを追いかけた。
案内するように、ツバメは俺より前を飛ぶ。
向かう先は、山吹中の裏庭。
走りながら、俺はこの間の夕食で両親が言っていたことを思い出した。
俺の両親は、俺と同じ山吹中のOBとOGだ。
その話は、こういうものだった気がする。
今月末に、裏庭のあの桜が切られるということ。
そこに、新しく倉庫が建つこと。
今まではどうでもよくて、聞き流していたことだけど今になって、あそこでの思い出が次々に脳裏に蘇る。
どうしてなのか分からない。
俺は、桜のことを気にしていた。
俺が気になっているのはそれだけじゃない。
あの手紙の主。
きっとそこへ行けば誰が出していたのか、分かるような気がした。
そうして咲き誇る桜並木を通り過ぎ、俺は裏庭に着いた。
目の前には、花をつけることもできない一本の桜がある。
一心不乱にツバメを追っていたら、そのツバメは木の下にいた子の肩に止まった。
俺と同じくらいの背格好の、子に。
「ありがとう。助かったよ」
彼の言葉に、ツバメはぴぃ、と返事をする。
柔らかな声が、やけに印象的だった。
そして、彼は振り返って俺を見た。
ツバメはその瞬間、桜の枝に飛び移る。
枯れた、花どころか、葉も何もない桜に。
「こんにちは、清純」
「……なんで、俺の名前を?」
彼は、俺の名前を呼んだ。
俺はこの人に会った覚えも、名前を教えた覚えもないのに。
俺がそう問いかけると、彼は俺が今まで見たことも無いくらい綺麗に微笑んだ。
「知ってるさ。他にもいろんな人を知ってる」
そうして、彼はあっくんとか、南とか、壇くんとか、伴爺とか、先生とか後輩とかの名前を間違えずに告げていく。
なぜ知っているのか、俺にはまだ分からなかった。
「キミは……誰?」
「俺は桜の木。名前のない、ただの桜の木」
自分が桜の木だという彼は傍らの木を見上げた。
哀しそうに、しかしどこか懐かしそうに木を見上げる彼を見て、本当は信じられなかったけど、俺は彼がこの木なんだと思った。
簡単にそう思えたのは、この桜の木と彼の雰囲気が似ていたからだと思う。
そうして、彼は話し出した。
俺に手紙を送った、ことを。
「清純の他にも、手紙を送った。たくさんの鳥に運んで貰ったけど、反応があったのは君だけだったんだ
………嬉し、かった。とても、嬉しかった」
彼はそう言って、俺がいつの日か出した手紙を出した。
色褪せずにその手紙は彼の手にある。
何も書いてなかったけど、俺は彼が持っていてくれたことを嬉しく思った。
「返事、出せなくてごめん。この状態を保つために、しばらく寝てたんだ。最期に君に会いたかったから」
儚く笑ってみせる彼は、俺には今にも消えそうに見えた。
俺は何も言えなかった。
ただ、彼の言うことを何となく理解していた。
「最期って………つまりそれは、キミが消えるってことだよね?」
「そうなる。俺は誰にも必要とされてないし、もう駄目だから」
花を咲かす力もない、と苦笑いしながら彼はまた桜の木を、自分を見つめた。
俺もつられて、見上げる。
「名前、無いんだっけ」
「…………ああ」
彼は寂しそうに言った。
俺が思うには、彼は寂しくて力をなくしていったんじゃないかと思う。
人だって、寂しいのは辛いから。
きっと、桜の木の彼も同じだと思った。
あんな話まで持ち上がったぐらいだから、誰もこの桜の木のことを考えてないんだろう。
そう思うと、俺までなぜか哀しくなった。
「なら、俺が付けるよ。名前がないのは、哀しいからね」
俺は名前のない彼を見て、笑って見せた。
俺に出来ることはそれぐらいだと思ったから、名前を付けようと思ったんだ。
彼は困惑をした顔をしていたけれど、やがてありがとう、とまだ決まってもいないのに言った。
お礼はまだ早いよ、と俺が言うとまた笑う。
よく笑う、笑顔の似合うコだなと思った。
でも名前を付けるなんて簡単に言ったけど、そう簡単なものじゃないと俺は改めて思い知った。
なにしろ、名前は一生のものだ。
下手なものは付けられない。
「そんなに考え込まなくもいい。どうせ俺には最初から無かったんだからさ。それに、もうすぐ消える命だ」
「そういうわけにはいかないの!」
俺は彼の言葉を一蹴して、また考え始めた。
あともうちょっと。
もうちょっとで、いい名前が浮かびそうなんだ。
「………」
「え?」
「だよ。うん、にしよう。キミに、ぴったりだよ!」
俺は納得するように頷いた。
彼は、と呟いて俺を見る。
その顔は、とても嬉しそうだった。
俺までつられて笑いそうになるくらいの、綺麗な笑顔。
「ありがとう、清純。君に会えたし、名前も貰えた。俺にはもったいないくらだ」
俺はその言葉に、なんかかちんときた。
気がつけば、自分より少し背が低いに掴みかかっていた。
そうせずには、いられなかった。
そしてなにより、そんな行動をとった自分に一番驚いていた。
「俺はそんなつもりで名前、付けたわけじゃない!!付けたんだから……生きろよ」
「仕方ないさ。俺の命はここまで。それはもう、決まっていることだ」
諦めたように笑うに、俺は完璧にキレた。
の襟から手を離し、桜の木に登る。
さっき見上げた時、上の方であるものを見つけたんだ。
それならきっとを助けられる。
俺はそう思った。
「なにしてるんだ、清純!危ないから降りてこい!!」
「大丈夫。慣れてるから」
結構高いけど、こんなところで落ちたらテニス部の名が泣く。
そんなやわな身体じゃないしね。
そして目的のところに辿り着いて、俺は下のに聞いた。
「これ、折っていい?」
「何を言って……」
「はまだ生きてる。諦めちゃ、駄目だ」
俺はゆっくりと、その枝を折った。
折ったその枝は、先の方に青い芽が出ている。
まだ生きている証拠。
これを早く家に持って帰って挿し木すればいいと思う
生憎、俺は植物に関して詳しくないけど、をどうにかして生かしたかった。
それほど、に執着していた。
素早く降りて、家に向かって走る。
後ろからが俺を呼ぶ声が聞こえたけど気にしない。
これを植えたらまた行くからいい。
もう、俺の目には何も見えてなかった。
「……できたっ」
二階の俺の部屋の窓の近くから見える位置に、俺は木を植えた。
水をあげて、きちんと肥料もあげて、それからまたの元へ走る。
は戻ってきた俺を見て、驚いた顔をした。
そんな顔も綺麗だと思ってしまった俺は、もうやばいかもしれない。
「すごい格好だ、清純。泥だらけ」
「いいんだ、これで」
俺は笑った。
そして、透明になりつつあるの手に触れる。
その手は冷たくて、細くて、白かった。
今にも消えそうで、俺はそれを繋ぎ止めるように、しっかりと握る。
「また、会えるよね」
「…どうだろう。あの挿し木が成功したら会える、かも」
「会えるよ。約束、する」
俺が一生懸命植えたんだ。
絶対、成功する。
そう言うと、は優しく微笑んだ。
の手は、もう感触がない。
そのうち、ふっと消えて、俺の手は宙を掻いた。
「もう、時間なんだ。さよなら…って言うべきか?」
「違う。また明日だよ」
「また、明日………」
俺はさよならじゃないとに強調した。
明日、会えるというわけじゃないけど………俺はそう、信じたかったから。
だから、また明日。
それはきっと、にも伝わった。
だからは笑って、言い直す。
「そっか………そうだな。また明日、清純」
「うん。また明日、」
そうしては、裏庭の桜の木は、その命を全うした。
それから、数年後。
不思議なことに、部屋の傍に植えたはまだ数年というのに、数十年はあろうかというぐらいの大きさに生長していた。
が頑張っているからだろう。
…………だけどまだ一回も花をつけない。
でも、つぼみはだいぶ膨らんできた。
多分、そろそろ咲くと思う。
今年の春は、俺がと初めて出会った頃の春とよく似ているから。
絶対咲くんだ、と確信していた。
そして、ある日。
は綺麗な綺麗な花をつけた。
同時に、俺はと再会した。
「、お帰り」
「ただいま、清純」
戻ってきたはいつの日か見せた笑顔のように、否、それよりも綺麗に笑った。
あのときより、顔色も良い。
なにより、雰囲気が消えそうじゃなくなって、確かにそこにいると実感できた。
それに、なんか余計に美人になってる気がする。
「約束、覚えてる?」
「覚えてるよ。本当に………また、会えた」
は嬉しそうに言って、俺の手を取った。
あのとき繋いだ手とは違う、温かい手。
確かには、そこにいる。
俺は、待っている間に決めていたことをに話そうと思った。
俺の、気持ち。
それを告げようと思った。
人じゃなくても関係ない。
俺は、この桜とずっと一緒に痛いから。
「、俺、気づいたんだ。俺、が好きだよ」
そう言うとは驚いた顔をして俺を見てきた。
手が、俺から離れようとする。
俺はその手を引き寄せて、を腕に閉じ込めた。
「逃げないで、」
「俺は……!」
人じゃないんだよ。
は泣きそうな顔をして、言う。
そんな顔、しないでよ。
俺、期待しちゃうからさ。
「は寂しがりやだからね。俺が傍にいないと駄目なんだよ」
もうあんなは見たくないから。
そういうと、の肩がぴくっと揺れた。
手を伸ばして、の顎を持ち上げる。
そして、さくらいろの唇にそっと俺の唇を合わせた。
の見開いた目が俺の目に入る。
俺は唇を合わせたまま、笑った。
もう、キミを離さない。
俺のキャンパスは、キミの色に染まってしまったから。
キミと同じ、さくらいろに。
だから、責任とってよね。
(文芸部に投稿した作品を夢小説にしてみた。そして前サイトの修正ver)