「かーんだくんっ!」


聞き覚えのある声に、神田は六幻を振るう腕を止めた。
姿を見なくても分かる、この声は。
のものだ。


「あー、ほらそれ外せ。顔見えねぇだろ」


近くに寄ってきたらしいはするすると目を覆っていたものを取る。
目を開ければ確かに目の前にがいた。
の方が背が高いため、神田がやや見上げる姿勢になる。
は刀を持って、そこにいた。


「ほら、約束通りこれも持ってきたぞ。やろーぜ」
「………こんな夜中にか。もしかしてお前、また迷ったんじゃねぇだろうな?」


神田に指摘され、しばしの沈黙が訪れる。
やがては黙々と刀を鞘から抜いた。


「さァ、やるかー」
「誤魔化すなよ。図星だな、お前」


呆れたように溜息をつかれるが、はいたってマイペース。
神田の鼻先に刀を突きつけた。


「つべこべ言うな!いいからやるぞ!」
「ハッ……上等じゃねぇか」


挑発するようなの動きに感化され、神田も六幻を構える。
今日は夜だが、満月だ。
木々から漏れる月光だけを頼りに、二人は切りあう。
が、どれも掠りはしない。
神田はどうだか知らないが――――はあえてそうしている節がある。
それが毎回毎回、ますます神田の神経を逆撫でしていた。


「テメェ、いい加減真面目にやりやがれ!」
「神田にはもう少し冷静さが必要だなぁ……」


神田の言うことを思いっきり無視し、はそんなことを呟く。
そんなことを言いながらもは決して斬撃を緩めない。
むしろ、激しさを増していた。


「ああ、あと」
「なんだよっ!!」


思い出すように言うに、神田も反応を返さなければいいものを律儀にも返してやる。
それににやりとが笑む。
かかったな、という顔だ。





「こういうのにも弱いよな―――――」





いつものように、頬にキス。
しかしこの状況でされれば誰であろうとも固まってしまうだろう。
現に神田は固まっていた。
その隙に刀を翻し、その喉元へと突きつける。


「な、言ったろ?お前の課題は力云々じゃなくて、冷静さと突発的事態に対する対処。
 ……まったく、あのぐらいで動揺するなよなー」


神田はふつふつと怒りが込み上げてきた。

あんな、卑怯な、ことで、負けた。

長くは無い神田の堪忍袋の緒は今にも――――いや、今切れた。




「言ってくれるじゃねぇか………」




ゆらり。
そんな感じで神田は喉元の刀を避け、へと歩み寄る。
は呑気に、そんな神田に声をかけてみせるあたり……自分のしたことの重要性が分かっていないようだ。


「神田?」


さすがに様子がおかしいとは気づいているのだろうが、特には行動を起こさない。
そのまま、神田が傍に来ることを許していた。





「じゃあお前はこんなことをされても冷静でいられるのかよ」





伸ばされた手に首を引かれ、神田の顔が間近に迫る。
神田の目は据わっていた。
もそろそろ危険を感じてくる――――――


ビシッ


………わけがなかった。
己の危険を理解していないは神田の額にデコピンをかますと笑う。
それこそ、神田の目には無邪気に映った。


「んで、ムキになりすぎ。眉間に皺寄ってっぞ」


ぐいーっと眉間の皺を指で伸ばしてくるに、神田は今までの自分が馬鹿らしくなった。

あのぐらいのことはいつものことなのだ。
これぐらいで煽られてどうする――――

そう自分に言い聞かせ、神田は六幻をしまった。
そしてに背を向け、歩きだす。


「神田ー?もう終わりか?」
「興醒めだ。……寝る」


振り返ることもなく言い放つ神田は、やはり機嫌が悪かった。
はもしかして逆効果だったか、と自問自答をしながらその後を追いかける。


月が明るい、夜の晩だった。




























てくてく。

こつこつ。

てくてく。

こつこつ。


そんな繰り返しを何度しただろうか。
自室で神田はようやく、後ろを振り返った。
そこには案の定、の姿が。


「テメェ……どこまで着いてきやがる」
「え、神田の部屋までに決まってるだろ」
「なんでそう決まってるんだ!」


飄々と答えるのネクタイをギリギリと締めるが、は動じない。
それどころかあっさりと言い放ってくれた。


「俺、方向音痴だし?自力で部屋に帰れるはずねぇだろ。だから神田の部屋に泊めてもらおうとかと………」
「馬鹿か!お前はあのウサギのところでも泊まって――――」


ろ、と言おうとしたところで神田はある一つの事実に気づいた。

ラビはを虎視眈々と狙っている。

そのことを。
と、いうことはこのままをラビの部屋に送り届けると……………ダメだ、間違いなくが食われる。
まさに飛んで火に入る夏の虫。


「へ、ラビんとこ?そうだなー……神田がダメだっていうならラビのとこに行くしか………」


先程の神田の言葉を真に受けたが、ぶつぶつとそんなことを言い出した。
やばい、それはやばい。
慌てて神田はの腕を掴んだ。


「飛んで火に入る夏の虫、ってことわざ、知ってるだろうが。だから行くな」
「日系イギリス人を舐めんなよ。それぐらい知ってる……っと、その前になんでそれとラビが関係するんだよ」
「関係あるんだよ。……わかんねぇならそれでいい」


変なとこで抜けてる大人に頭を悩ませつつ、神田はを自室に招きいれた。
神田はそのままに着替えとタオルを投げつける。


「先、入って来い。服はお前がでかいから短いが我慢しろ」
「おう。ありがとなー」


受け取ったはひらひらと手のひらを振りながら、バスルームに消えた。
本当ならば風呂にいくべきなのだろうが、如何せん夜中だ。
シャワーでもマシだろう。

しかし………

神田はの消えたバスルームを横目で見ながら、溜息をついた。
毎回毎回、子供にするみたいに頬や額やなんやらにキスを仕掛けてくるだが、肝心なとこ鈍い。
いつまでも自分やラビを子供と思ってるし、そのくせはぐらかすのはうまい。





「ったく………俺たちもいつまでも子供じゃないってことぐらい気づけよ」





じゃねぇと今度は本気でするぞ。


そんな危ないことを呟きながら神田は、ベッドに転がった。





























「ほら、神田。ちゃんと髪乾かせよ。お前、長いんだから」
「うるせぇよ。ほっとけば乾く」
「この無頓着め……」


はそう呟きながらベッドに腰掛けた神田の髪を拭いてやる。
そういう本人の髪も、未だ濡れているからお互いさまなのだがはやはり気づかない。


「よーっし、乾いた………ってうぉっ!?」


いきなりタオルを頭に被せられ、は驚愕した。
と、思えば意外にも優しい手つきで髪を拭かれる。


「神田?」
こそ濡れたままなんだよ」


タオルで顔は見えないが、はそこにあるであろう神田の優しい顔を思い出して、身を任せた。
鼻歌まで歌いだすは本当に機嫌がいい。
やがて、タオルが外された頃、は膝立ちになっていた神田を見上げる。
いつもは見下ろしているため、かなり変な感じだ。


「お前が入りたての頃もこうやってたよなー……うん、懐かしい」
「今と昔じゃ違うだろ。……さっさと寝ろ。俺はこっちで寝る」


毛布を持ってベッドから去ろうとする神田の腰に、は抱きついた。
その動作に神田の肩が跳ね上がる。
が、はそんなこと気づくよしも無い。


「細っ、お前結構着痩せするな」
「余計なお世話だ、それより離せ!」


ぐいぐいとを離そうと神田は努力するが、はそのまま神田と共にダイブした。
勢いに任せた行動に、神田はわけが分からなくなりそうだ。
やがて、神田の頭がに抱きこまれる。


「あと、こうやってよく寝てた」
「……だからなんだよ。いい加減にしろ」


笑いを零しながらは神田にじゃれつく。
これではどちらが大人で子供なのか分からない。
神田など本気でそれどころじゃなくなってきた。
ぐるぐる考えすぎて頭が壊れそうだ。




「だから、あのときみたいに寝ようぜ」




了承も得ずに呟かれた言葉は現実になり。
昨日まで任務に赴いていたはあっさりと夢の世界の住人になっていた。


神田を抱きこんだままで。









もちろん、神田が安眠できるわけがなく―――――



そのことを思って神田は溜息をついた。























(お子様エクソシスト'sには兄貴風を吹かせたいさん)