「現世駐在任務、ですか?」
「ああ、そうだ。場所は空座町。期間は一月だ」
それは、が入隊してしばらく経った頃だった。
ちょうど、仕事にも慣れ、また、陰口にも慣れてきて少々気が緩みかけてきた頃合いだ。
そんなの気の弛みを察したのか、有能なる五番隊第三席 小町高野が彼を呼びつける。
そして申し渡されたのが、「現世駐在任務」だ。
「藍染隊長から『そろそろ仕事にも慣れてきただろうから』とのお達しだ。一度、付いて行ったことはあるのだろう?」
「はい」
あるにはあるが――――あのときは、どうやらを快く思っていない席次の方だったようで、終始無言だった。
そのときは、期間が短かったため無言の沈黙から助かったのだが………どうやら小町の言い方では、今回、は初の単独任務となるらしい。
自分の腕を過信しているわけではないが、どちらかといえば一人の方がやりやすい。
特に――――味方がこちらを快く思っていないときは。
「相応の準備をして行って来い。今日の仕事はその準備だけでいい」
小町は相変わらずの不機嫌面で、関連書類を渡した。
その書類によると、空座町周辺では少数ではあるが虚や成仏できていない霊がいるらしい。
用は、虚の討伐と魂葬だ。
出発はなんと明日。
早いなぁ、なんて思いつつ、廊下へと向かっていると。
「」
「………なんでしょうか」
その背に、小町の声が投げかけられる。
こういうときは、あまりいい言葉がもらえない。
特にこの、嫌味が大好きな上司は。
「この駐在任務での殉職率が最も多い。―――――精々、気をつけるんだな」
さすがのも心中穏やかではない。
が、そこは抑えて笑みを浮かべる。
いつもの、笑顔を。
「ご忠告、どうもありがとうございます」
内心は「そうそう襲われはしませんよ、コノヤロウ」だけれども。
そうしてがいるのは、空座町。
一応、自分の家の近くだ。
とはいっても、時代が時代なため、辺りの風景はまるで違う。
だが、どことなく面影はあった。
「…少し、懐かしいな」
思わず、笑みが綻ぶ。
足取りも軽やかに、は辺りを見回した。
が、そんなの気分を阻害するように、雨が降り注いだ。
初めは小雨であったそれは、次第に激しさを増していき、がどこかに避難しようとする間に大雨に変化した。
なんというか、これは。
「…………幸先不安」
ぽつりと呟いても、雨音に掻き消されてしまう。
は一度、大きく溜息をつくと、雨を吸って重くなった死覇装の裾をあげた。
ついこの間から働き始めたは当然、手持ちの死覇装も少ない。
持っているのは、始めに手渡されたこの一枚と、白哉の家に置いてあるもう一枚のみ。
給金が入り次第、新しいのを購入しようとは決めているのだが…………その給金日はまだ先だ。
は再度、溜息をついた。
これからどうするべきか。
幸い、近くに虚の反応も霊の反応も無い。
イコール、暇。
けれどもこの雨が邪魔だ。
なにより、行く場所も無い。
は三度、溜息をつきかけた。
つきかけた、のは自身を濡らしていたはずの雨がふと消えたから。
見上げれば、そこには赤い唐傘があった。
「風邪ひきますよ、死神サン」
聞き覚えのある声だ。
どきりと、心臓が反応する。
まさか、とは思う。
まさかとは思うが、まさかこんなにあっけなく――――そして、簡単に出会ってしまうとは。
侮れないなぁ、と思いつつ、はゆっくりと振り返った。
そこにいたのはやっぱり。
浦原喜助。
そしてこれが、と浦原のファーストコンタクト。
向こうは知らないのだろうけど――――。
にとっては初めましてのようで初めましてではない。
あのときの浦原の言葉が脳裏を過ぎる。
「死神サン?」
「………うぁはいっ!」
つい思考に沈んでしまったは勢いよく、顔を上げる。
と、同時に浦原の顎に頭がクリーンヒットした。
思わず、浦原はそこに蹲る。
「だ、大丈夫ですか…………?」
「だ、大丈夫っス…………頑丈なんで」
同じく雨の中座り込んだ。
浦原本人は大丈夫と言い張ってはいるが、その顎は少々赤く腫れている。
本当に大丈夫なのかと、が浦原に手を伸ばしかけたとき。
その手首をしっかりと、浦原に掴まれていた。
「…あ、あのー…………」
「悪いと思うなら、ウチで雨宿りしてください。サービスしますよ」
「いや、でも、そんな…………」
「いーですから」
「いえ、でもですね……………!」
浦原にずるずると引き摺られながら、は結局、浦原商店へと連れ込まれてしまった。
ぽつん、と残された鮮やかな赤い唐傘だけが妙に映えていた。
「―――………なんか、すみません。俺、浦原さんになにもかもお世話になっちゃって………」
「ですから、気にしなくてもいいんですって。アタシがやりたくてやったことなんですから」
お茶を注ぎながら、浦原は言った。
外は雨。
まだ、当分止みそうにも無い。
二人分のお茶を注ぎ終わると、浦原はに向き直る。
先程の、おちゃらけた雰囲気を一掃してその瞳に鋭いものを含ませて、を見る。
否、射抜くといった方が正しいのかもしれない。
「―――で、アナタはどこでアタシの名前を聞いたんです?アタシは一度も名乗ってないんですけどねぇ…………」
しまった――――!
つい、浦原の雰囲気が変わらないものだったから油断して、この浦原が自分と初対面であることを忘れていた。
先ほど知り合ったばかりの人間が、初対面の人間の名前を知っているわけが無い。
はやってしまった……と心の中で呟いた。
と、同時に打開策も考え始める。
そして、それを思いつくのはそう時間もかからないことだった。
「なに言ってるんですか。ほら、店に入る前に看板があったでしょう?あれに書いてあったんですから分かりますよ。それに浦原さん、店長さんって雰囲気でしたし」
あはは、と笑って誤魔化すは、間違ったことを一つも言っていない。
確かに、店に入る前に『浦原商店』という看板を見た。
浦原が店長っぽい雰囲気なのかは……まあ、置いておいて。
それから判断したのは多分、きっと、ごく普通のことだ。
そう、思いたい。
「……………まあ、そういうことにしておきまショ」
扇で口元を隠しているから、浦原の真意ははかれない。
だから、はもう一度笑った。
「 ああそういえば、自己紹介が遅れました。
見ての通り死神の、です。
初めまして 」
雨はまだ、止みそうにも無い
初めて出会ったあの日は
雨だった
(今日もあの日も。だから雨はあまり、嫌いじゃないよ)