「入隊おめでとう、くん」
「ありがとうございます、藍染隊長。これからよろしくお願いします」
畳に正座したは、深々と頭を下げる。
その表情は真剣そのものだ。
なにしろは、成り行き上死神になったのだから。
魂を扱う仕事だ、気合を入れていかないといけないとは思っていた。
「ああ、そんなに畏まらなくていいよ」
「気ぃ張りすぎると疲れてしまうで」
堅い表情のにやんわりと藍染と市丸が諭す。
はその言葉に少し、緊張を解いたようで安堵したように息をついた。
そんなを見て、藍染は微かに笑う。
「それと…聞いていると思うけど君は“総隊長の孫”ということになっている」
「はい、そのことは総隊長―――お祖父様から聞きました。公式の場ではきちんと総隊長とお呼びするよう、言われましたけれども」
照れたようには言う。
それもそのはず、は祖父母というものを知らないのだ。
が幼い頃……それこそ、市丸と出会う前に双方とも亡くなってしまったのだから、無理もない。
実際“孫”として出会った山本はを温かく迎えてくれた。
それはとても嬉しかった。
やっぱり、少しくすぐったかったけれども。
「まぁ、総隊長の孫ゆう身分やから問題は起こりにくいやろ。あとは………クンの努力次第や」
「頑張らせていただきます―――市丸副隊長」
市丸を真っ直ぐ見据え、は言った。
二人の間に沈黙と…………気のせいだろうか、火花が見える。
「…………二人ともそれくらいにしてはどうかな」
見かねた藍染が二人に声をかける。
するとはあっさり、市丸から目を離した。
もっと食ってかかると思っていた市丸は、拍子抜けする。
そんな市丸を見て、は密かにくすりと笑う。
それはまるで、悪戯が成功した子供のような笑みだった。
「それで今日、俺は何をすればよろしいですか?」
「そのことだが、本格的に働いてもらうのは明日になる。だから今日は―――――」
ちらり。
藍染が市丸に目配せする。
すると市丸が……笑った。
はその笑みに見覚えがあった。
をからかうときに見せるような、笑み。
嫌な予感。
「ボクが案内したる。五番隊隊舎をじっっっっくりと」
全開の笑顔。
思わず、引いてしまいそうになるだがその前に市丸が腕を取る。
「え、ちょ、あ、藍染隊長っ!!」
は藍染に市丸を止めてくれるよう訴えるが。
藍染は非道だった。
笑って、手を振る。
「いってらっしゃい、くん」
「藍染隊長ーっ!」
そしてはそのまま、市丸に連れ去られた。
るんるん気分の市丸とは打って変わって、の気分はどん底だ。
ギンを挑発しなきゃよかったーっ!!
そう思ってもあとの祭り。
「お疲れ様です、市丸副隊長!」
「お疲れさんー」
行く先々の人に愛想良く手を振りながら挨拶をする、市丸。
その市丸に引きずられる形で歩く、顔色の悪い。
五番隊隊舎を連れまわされた結果、はぐったりとしていた。
何しろ市丸は屋根の上を通ったりなんだり、無駄な行動ばかりするのだ。
この広い瀞霊廷を把握していないにとって覚えることが多すぎて、頭がパンクしそうだ。
市丸が振り回すから余計に脳内がシェイクされて、もうふらふら。
「いちまる、ふくたいちょー………」
「んー?遠慮はいらんで?さァガンガン行こかー」
市丸は新しい玩具を得た子供のように生き生きとしていた。
きらきらと輝く(ように見える)市丸を止める術を、は過去でも今でも見つけていない。
つまり、こうなった市丸をは止められない。
藍染隊長ー!
と心中叫ぶだったが、藍染は答えてくれない(当たり前だよ、何してんだ俺!)。
代わりに、救いの声がした。
「………?」
白哉の声だ。
は市丸をギリギリまで引き止めつつ、白哉の方を見た。
白哉は驚いた顔をして(といってもにしか分かりそうに無い)、を見ていた。
「白哉ッ!助けて!!」
「助けてとか酷いなァ。ボクを誘拐犯と思ってるん?」
「似たようなモンですっ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める二人に、白哉は額に手を当てた。
そして一回、溜息をつくとを思いっきり引き寄せる。
ぐったりとしていたはいとも簡単に白哉の方に転がった。
「顔色が悪いぞ、」
「……ああ、うん。ちょっと」
ぼそぼそと会話をする白哉とに疎外感を覚えたのだろうか。
市丸がずいぃっと、身を乗り出してくる。
「保護者サン、現れたみたいやし…………ボク、今日は帰るで?クン」
なんだか残念そうな市丸は、の頭を撫でた。
その様子は遊びを中断された子供みたいで。
少しだけ、罪悪感が…………。
「あ、あの、市丸副隊長っ!」
「うん?」
「……今日はありがとうございました」
向き直って、頭を下げる。
そんなを意外そうに見たあと、市丸は笑った。
の知っている、柔らかな笑みで。
「―――いや、今日はちょっと振り回しすぎたわ。ボクの方こそ、ごめんな」
そう言って、市丸は帰っていく。
その姿を、はじっと見ていた。
懐かしく思いながら。
「――――ってことがありました」
「それはそれは……お疲れ様でした」
くすくすと笑う緋真は大分調子がいいらしい。
月を愛でながら縁側でお茶を飲むのは、既に二人の日課になっていた。
「も頑張ってください。本格的なお仕事は明日からなのでしょう?」
「はい。まだまだ慣れないことが多いんですけど、頑張ります」
お茶請けのお菓子をつまみながら、もつられるように笑った。
どこもおかしくないのに、笑いが漏れる。
それは緋真も同じようで、楽しそうに二人で笑った。
やがて。
「楽しそうだな」
白哉が緋真の隣に腰をかける。
緋真とは顔を見合わせると、笑う。
「どうしてそんなに笑っている」
自分だけ、仲間外れは嫌なのだろうか。
あのときの市丸と同じ反応をする白哉に、余計笑いは増す。
話したばかりだから、なおさらだ。
月夜の晩に、二人の少し控えめな笑い声はいつまでも響いていた。
むず痒いような、
(笑いが漏れる、いつまでも)
(次は貴方と笑いたいな、なんて思うよ)