「―――今日は有難うございました。ここでいいです。あとは自分で帰れますから」
瀞霊廷の一角で、は市丸に告げた。
朽木邸までまだ距離は大分あるが―――少し、一人になりたかった。
の言葉に市丸は歩みを止めるが、納得がいかないようでじっとを見ている。
探るような視線で。
「せやけど……まだ顔色悪いで」
疑問ではなく、確信。
市丸はそのまま、の頬に手を伸ばす。
その市丸の手が触れようとしたとき―――は無意識にその手を振り払っていた。
そんな行動に驚いたのは、市丸だけでない。
当の本人であるも驚き、そして思わずその場から逃げようとしていた。
が、しかし。
「 ! 」
すれ違う瞬間、腕を強く市丸に掴まれていた。
それはに“逃げ”を許さない。
ならばせめて、とは市丸の顔を見ないようにしていた。
「なァ、くん。キミ、ボクのこと嫌いやろ?」
“くん”
の知っている市丸ギンはのことをそう呼ばない。
そのことが目の前の市丸ギンを『の知っている市丸ギン』に変換しようとしていたことを留まらせる。
それは、好都合だった。
ここは過去で、自分の知らない場所。
本来の居場所ではない。
そう改めて認識し、自分に言い聞かせることができるからだ。
その行為は気休めのようだが、のそれは自分を強くする。
覚悟はできた。
自分のペースでいこう。
自然にいればいいんだ。
先程とは違う反応のを、おや?と市丸は思う。
だがそれだけだ。
今のを見抜けない。
「……市丸副隊長のこと、嫌いではありませんよ。好きでもないですが」
はっきりとした言葉。
市丸が思っていたの言葉、反応とはまるで違う。
自分の前ではどこか様子の違う彼だったから―――泣くかと思ったのに。
泣かなかった。
これ以上踏み込ませないとでもいうような笑みを浮かべて自分を見てきた。
――――面白い。
「言い方が悪かったんかなァ………じゃあキミ、ボクと誰を重ねとるん?」
この言葉に、がぴくりと反応する。
だがそれだけ。
表情は……変わらない。
「貴方とよく似た彼を。不快に思っているなら謝罪します。すみませんでした」
あっさりと謝罪し、市丸の腕を今度は強く振りほどく。
そうして踵を返す。
市丸はそれ以上留めようとしないのか、その背中を見送る。
ただ、一度だけ。
その背に問いを投げかけた。
「彼、とは………?」
は立ち止まった。
少し考えるような間があって、やがて振り返る。
その顔に浮かぶのは、さっきの冷たい感じなど無い優しい笑み。
その笑み一つで、“彼”がにとってどういう人なのか分かってしまいそうだ。
「 貴方が絶対知ることのできないひと。
どんなに頑張っても、どんなに探しても。絶対、見つけられない 」
なぜなら―――それは貴方だから。
貴方は貴方でも、それは未来の貴方。
未来を知ることはできないから―――絶対、分からない。見つからない。
そういう意味があるのだが、分からないだろう。
仮に分かったとしてもどうすることもできない。
そんな、の意地悪な返答。
だから少しだけヒントを上げた。
気づいてほしくないけど、本当は気づいてほしいのかもしれないから。
「―――彼は貴方そのままなんです。ほぼ同じで、違うところ全然無い。
……ああ、違うところあったかな。一つだけ」
このときだけは笑えなかったかもしれない。
あとでこのことを思い出して、はそう話した。
実際は―――
「 俺を知らないこと 」
淋しそうな笑みを浮かべていた。
同時に強い風が吹いて、言葉が掻き消されたも同然の小さなものになる。
それが市丸に届いたのか、届いていなかったのか。
分からないまま、知ろうとしないままはその場から立ち去った。
残されたのは、市丸ただ一人。
市丸はどこか呆然とした表情で、その場に立っていた。
「なんて………顔をするんや」
市丸の呟いたその言葉は――――あっけなく、風に掻き消された。
春の風はまだ、冷たい。
「…………………………………………………………ここはどこだ」
市丸から半ば一方的に分かれて数分。
とにかくめちゃくちゃに歩いたは、案の定迷っていた。
瀞霊廷は広い。
白哉の家も広い。
だが―――は小さい。
辺りの地理にも詳しくない。
まったく目処の立たないこの状況。
人に聞くにしても反対に怪しまれて大変なことになりそうだしなぁ………。
かといってギンのところに戻るのも気まずい。
うーん、どうすべきか…………。
「おんやぁ?君は確かこの間、隊首会にいた子じゃないかい?」
考え事の途中でかけられた声。
が我に返り振り返ると、そこには女物の着物を羽織、酒瓶を持った男の姿があった。
自分の存在を知っている、ということは男は隊長格。
多分―――に害は与えない。
そう判断するとは居直った。
男はどこが楽しいのか、を見て楽しそうに笑っている。
「くん………だったかな」
「そうですが、貴方は?」
「ボクは八番隊隊長の京楽春水。ところで君、お酒は飲めるかい?」
「(なんでいきなり酒……)一応、飲めますが」
不思議に思いつつも、は律儀に答える。
飲める、と答えた瞬間、京楽の顔が嬉しそうに輝いた。
にはまったく理解不能だ。
「なら決まりだ♪」
るんるんとの腕を取り、京楽はどこかへ向かう。
どこに行くのか分からないまま、はそのまま付いて行く。
どちみち、自分ひとりの力では帰れなかったところだ。
選択肢は、始めから一つしかなかった。
だが相変わらず、目的地は不明。
分かっていることといえば、京楽の名前と―――朽木家にはまだ辿り着けそうもないことぐらいだ。
はなまるをあげよう
(その出会いが、ヒントが、繋がりになっていくから)