温かいまどろむような眠りから、は目が覚めた。
同時に、すぐ上から声が降ってくる。
低い、の聞き覚えの無い声だ。
「気がついたか」
「…?」
ぼやけた視界では、その人物……白哉の姿を見ることは出来ない。
は、目を擦ろうと腕を持ち上げようとして、白哉の手と繋がっていることに気づいた。
「あ……」
そこでは、ようやく彼があの悪夢から助けてくれた人だと理解した。
そこまで思考が至るまで、数秒。
はようやく身体を起こした。
「…色々、ご迷惑かけました」
白哉と向き合う形で座り直したは、まず礼を述べた。
どうやら始終、手を握ってもらっていたようであるし、ここに運んできてもらったのも恐らく彼だろう。
それに、あの夢から助けてもらった。
もし、あのままだとは久しぶりに見たあの夢に引き摺られてしまっていたかもしれない。
夢として現れたあれは、まだの心の深層に深い傷を残していた。
「……礼は不要だ。私は世話をしろとの命令を受けている」
「でも、それだけなら俺に付き添ってくれるはずがないでしょう?それに貴方は俺を助けてくれた」
「なんのことだ」
「貴方は助けた覚えは無いのだろうでしょうけど、俺は確かに助けてもらいました。…悪夢、から」
まだその夢を引き摺っているのだろう。
白哉に見せた微笑は、少し暗さがあった。
それは、どこか白哉にこのままを引き止めておかねばならないと思わせるようなもので。
気がつけば白哉は、話すべきことを放って己の名前を口にしていた。
「…朽木白哉だ」
「、です」
ごく自然に、も名前を口にする。
まるでお見合いのような雰囲気が、二人の間に暫しの間流れた。
(は、話すことが見つからない……)
は一生懸命、話を繋げようと考えていた。
否、聞くことはたくさんある。
自分の処遇は結局、どうなったのかとかその他諸々。
隊首会でそれは決まったのだろうが(現に白哉が世話をするという)、は倒れてしまい、詳細は不明だ。
よって、知るのはこの場では白哉ただ一人=頼れるのは白哉だけ。
は意を決して、口を開いた。
「あの、やっぱり」
「今後のことだが」
だが考えていることは白哉も同じだったのであろうか。
図らずとも同じタイミングで口を開いてしまった。
「「……………」」
予想外のことに二人は暫くの間、視線を合わせていた。
やがて、がくすくすと笑い出す。
「なぜ笑う」
「だって…同じタイミングですよ?それに何か言うのかと待っていたのに…えーと朽木、さん?」
「白哉で構わぬ。言葉も普通にしてくれ」
「…白哉が何も言わないで、俺を見てくるから。笑っちゃいけないって思ったんだけど、耐え切れなくて……っ」
尚も笑い続けるに白哉は言う言葉も無い。
ただそれだけで笑われることは初めてなのだ。
それに、自分の名前を呼ぶことの許可を出したのも、どう見ても年下の者に普通に接してよいと言ったのも。
それは白哉が自分から言ったことなのだが、なぜ自分がそういう行動に移ったのかよく分からない。
暫く白哉は珍しそうにを見た。
まだ死んだばかり(らしい)というのに、斬魄刀と持ち、鬼道まで使用した“変わり者”。
その名の通り、白哉にとってかなりの変わり者である。
だが、嫌いではない。
の笑みは、温かい気持ちを白哉にもたらした。
自然、白哉の無表情はほんの少しだけ、緩む。
そんな穏やかな雰囲気の中、部屋の外から朽木家の使用人の声がした。
どうやら、入室の許可を求めているらしい。
「入れ」
白哉が静かにそう言うと、白哉も着ている黒い着物…死覇装を手に持った女性が入ってきた。
彼女は白哉とに一礼すると、静かな動作でそれを机に置き、再び一礼をして去っていく。
「これは…?」
「死覇装だ。私が着ているものだが、に着てもらわなければならぬ。
これから行く場所ではその服装は少々目立つのでな」
確かに、そうだ。
はそう思った。
今の自分の格好は、死んだときそのままの服装。
着物が平素の格好であるらしい尸魂界では、かなり浮いていた。
霊圧も今のところは、自分の力で抑えきれているので周りにはただの魂魄としか見受けられない。
そう理解したは、受け取った死覇装に着替えようと、手っ取り早く上半身の服を脱いだ。
と、同時に。
「……白哉?」
いきなり白哉がに背を向けた。
そもそもはれっきとした男であるので、後ろを向く必要は無い。
こんな行動をとる白哉をは訝しむのだが、白哉は決して後ろを振り返ろうとしなかった。
「なんでこっち見ないの?」
「気にするな」
背を向けたまま、白哉はに言う。
意地でもこちらを向かないつもりらしい白哉には半ば呆れつつも、死覇装を着ることに専念することにした。
が、いくらでも死覇装を直接自分で来たことはない。
現世で死神になるときは、市丸が何かしていたし、市丸がいないときは浦原に本来は斬魄刀である杖で突いてもらっていた。
よって、着方は不明である。
「白哉」
「着替え終わったのか?」
「着方が分からないんだ。だから、着替えようにも着替えれない」
白哉はそのことに溜息をつくと、ゆっくりとの方を振り返った。
一瞬、白哉が目を見開くのだがそれには気づいた様子も無い。
白哉はすぐに“自分”を取り戻すと、の死覇装を整えてやった。
しかし、そこで新たな問題が浮上する。
「「……………」」
サイズが、合わないのだ。
はけっして、背が低いというわけではない。
日本人男性の平均身長はいっているはずだ。
ただ、尸魂界の男性平均身長は高いのだろう。
白哉はと、約十センチ違っていた。
その上、体格が大分違う。
お陰で、白哉の死覇装はにはぶかぶかであった。
肩が見えかかっているし、胸元も開き過ぎて肌が見えている。
大変、目のやり場に困る姿だ。
この状態で外を歩けば、間違いなく先程の服装より目立つだろう。
そんな事態は避けたい。
そう思った白哉の行動は早かった。
「」
「ん?え、あ、白哉!?」
名前を呼ばれ、白哉の方を見たを、白哉はいきなり抱き上げた。
唐突で、意図の読めない白哉の行動には暴れかけるが、それを白哉の冷静な声が制した。
「落ちるぞ」
「それはそうだけど……なんで、いきなり」
「瞬歩を使うからだ。しっかり掴まっておけ」
「わわッ!」
風を切る音がして、周囲がかなりの速さで変わっていく。
瞬歩を自分の身体で感じるのは久しぶりだった。
は市丸に対してそうしていたように、白哉の首に腕を絡めた。
そうして、彼の胸に顔を押し付けてただ一言呟く。
「ギン………」
と。
それを白哉は複雑な心境で聞いていた。
「着いたぞ」
「ありがと、白哉」
「別に構わない」
白哉の腕から跳ぶようにして降りるとは、ずり落ちそうになる死覇装を腕に引っ張った。
そうして、ようやく目の前にいる彼女…卯ノ花烈に目線を合わせる。
優しいという第一印象を受ける彼女は、と目が合うと微笑んだ。
「初めまして、ですね。私は四番隊隊長の卯ノ花烈です」
「です。これからお世話になります」
一応、これから身体検査を受けると聞いていたは、お辞儀をして挨拶した。
そんなに、卯ノ花は苦笑しながらあることを告げた。
もちろん、目は白哉に向いたままだ。
「ですが、その前に死覇装をどうにかしないといけませんね。
そのままですと、どうやら目のやり場に困る方がおられるようですし」
「え、まあそうですね」
「……………」
視線を向けられた白哉は無表情、無言のままだが今のを直視することができないのは確かだ。
それには気づくことなく、曖昧な返事を返した。
(目のやり場に困る、って…俺、そんなに貧弱な身体か?これでも現世では鍛えてたんだが。
そりゃ、白哉やギンと比べると見劣りするだろうけど………)
確かには見た目、華奢かもしれない。
が、これでもきちんとついているところにはついている。
無駄な肉はついていないし、スレンダーな体型だ。
力もそこそこあるので、貧弱ではない。
…………………………………………………多分。
「それでは、検査を先に始めますね。死覇装の方はこちらで用意しておきますので」
「はい、お願いします」
は卯ノ花の言葉の後、現れた隊員に連れられて検査をする為に奥へと連れて行かれた。
残されたのは、白哉と卯ノ花のみ。
しばしの沈黙の後、卯ノ花は口を開いた。
「彼に手を出さないように」
「……………どういう、意味で」
「色々、と言っておきましょうか。ただ、あの姿で外に歩くのは非常に危険でした。瞬歩を使った点は正しい判断でしょう」
「さすがに、あれを晒すわけにはいくまい」
白哉の言葉に卯ノ花は深く頷く。
が、すぐに話を元に戻した。
「彼には四番隊に入ってもらいます」
「その話はあれにしていない。ましてや、選ぶのは自身だ」
「それはそうですが、藍染隊長から話は聞きました。彼には治癒霊力があると」
卯ノ花が不敵な笑みを浮かべた。
そんな気が……した。
だが白哉も負けてはいない。
「他の隊にも多少の治癒霊力を持ち合わせた者はいるはずだ。それに私はあれの世話を任されている」
「しかし、総隊長殿は彼に危険性が無いことが分かり次第、護廷十三隊に入れるご様子。
さんに尸魂界のことを教えるのは貴方だとしても、仕事に関しては別物でしょう?」
「だが」
「それに貴方は次の隊長昇格試験を受けるのでしょう?六番隊長と三番隊長が辞任状を出されていますから。
………忙しいのでは?」
白哉は反論の術を無くした。
確かに、数年後に昇格試験を受けるつもりでいる。
朽木家当主として、当然のことだ。
卍解も既に会得した。
あとは、細々としたもの。
だがそれらが意外に難しいのだ。
しかし、を取られるのは痛いところである。
「……何はともあれ、決めるのは。彼自身であろう」
だから、こう言葉にするしかなかった。
明日はどっちだ
(あっち、こっち?もう、どっちでもいいさ)