市丸ギン。
それはにとってかけがえのない人物の名前。
その彼が現三番隊隊長ということは、も知っている。
また、彼が以前は五番隊の副隊長を務めていたことも。
(やっぱり、ここは過去………)
白の羽織を着ていない市丸を見て、はそう確信した。
心の中のどこかで、ここが過去であることを否定していた。
だがそれも、過去の市丸ギンを見たことで確信を得てしまった。
同時に、この現実を受け入れるしかないのだということを。
はそんな思いを抱きながら、虚を薙ぎ倒す。
三人で虚を倒していくのはすぐに済み。
檜佐木の手当をすることもあり、死神二人と生徒三人、正体不明の魂魄であるの計六人はとにかく集まった。
は自分の服を裂き、檜佐木の血を拭う。
「悪いな」
「気にしないでいいよ。当然のことだから」
その手際の良さに、脇で見ていた市丸が感心したように声を漏らした。
「へぇ、うまいなァ。キミ、四番隊なん?」
「………っ」
自分を知らない、市丸。
それに戸惑いながらは、初対面のフリをして答える。
「いえ。俺は違います」
「この人は、魂葬予定の魂魄なんです」
の言葉を補足するように、イヅルが告げる。
藍染と市丸は、思いも寄らないことに少し面食らった。
「魂葬予定の魂魄が斬魄刀を使うとは…前例にないな。それに、始解まで習得済みとは」
ただ者ではない。
そう藍染は漏らした。
その視線の先には、檜佐木の傷を治癒霊力を用いて癒しているの姿。
傷を塞ぎ終わったは、再び自らの服を裂き、包帯状にしてそれを巻いていた。
それを見届けた藍染は、優しい笑みを浮かべての前に立つ。
少し後ろに、市丸を従えて。
「斬魄刀の始解までの修得、破道の使用、治癒霊力の行使………君は一体、何者だい?」
直球でに問いかける藍染。
は少しきょとんとした後、僅かな笑みを浮かべて答えた。
「俺はただの魂魄です。ただ、斬魄刀が少し扱えるだけの」
「あれのどこが“少し”だよ………」
恋次の密かなつっこみに、見ているだけしかできない檜佐木、雛森、イヅルが深く頷いた。
あれを少しというのなら、自分や他の死神をどう表現すればいいのか。
「それなら、あの詠唱無しの破道の使用、どう説明してくれるんや」
「あれは気合いでどうにかしました」
にっこりと笑って切る。
今のの状態はそんな感じだった。
「気合いって………ほんま、解らん奴やな」
「貴方ほどじゃないですけどね」
呆れたような市丸に、は今まで思っていたが口に出せなかったことを口にする。
それに敏感に市丸は反応した。
「……なんやて?」
にこにこ。
にこにこ。
笑顔の無言の戦いが二人の間で繰り広げられる。
は今の市丸なら、なぜか勝てるような気がしていた。
「そ、そこまでにした方がいいんじゃないですか?ほ、ほら、時間が……」
そんな二人の間に乗り込む、イヅル。
勇者だ。
「ああ、そうだね。僕たちはともかく、君たちは帰らないと。先に帰っていいよ」
「でも、彼が………」
「彼のことは僕たちに任せて。早く帰りなさい」
のことを気にかける雛森の頭を安心させるように、藍染が撫でた。
その様子に帰ることを促されたのか。
檜佐木が『解錠』した。
「あの、ありがとうございました!」
障子をくぐる前、雛森がぺこりとお辞儀をして礼を告げた。
予想外のことには驚きながらも、柔らかい笑みを浮かべてそれに答える。
「本当に助かりました。あなたがいなかったら僕たち、どうなっていたことか………」
「長ぇよ、吉良。………ありがとうございました」
長々と続きそうだったイヅルの礼の言葉を、恋次が蹴りで止めて。
その恋次は少し照れた様子で、に礼を言う。
はそんな彼らに一言ずつ声をかけ、見送った。
後は、檜佐木一名のみ。
やがて檜佐木は、少し躊躇って口を開いた。
「……名前、教えてもらってもいいか?俺は、檜佐木修兵」
「。けが、お大事に」
にとって二度目の自己紹介。
今になって気づくが、あのとき、阿近と檜佐木がを見て驚いていたのはこういうわけだったのだろう。
この時代に、と二人が“初めて”会ったのならそれは納得がいく。
「とにかく、ありがとな」
檜佐木はに、恋次同様、少し照れた感じで礼を言った。
そしてそのまま、振り返ることなく尸魂界へ消える。
残ったのは、と市丸、藍染だ。
後ろからの視線を感じながら、はゆっくりと振り向く。
「……で、貴方たちは俺をどうしようと?」
「取り合えず、君の事は傷つけないよ。ただ、前例に無いことだから隊首会に出てもらわなくてはいけないだろうけど」
の質問に藍染は、優しい笑みを湛えて言う。
だがそんな藍染に対しても、の警戒は解けることがない。
灰色のその瞳には、明らかな警戒の色が浮かんでいる。
「そないに警戒せんでもええやろ?隊長も傷つけん言うとんやし」
「…………」
市丸に対しては無言。
それはが、“市丸ギン”という人物をよく知っているからこその行動だ。
自分と一緒にいたときも真意が見えなかった市丸だ。
過去の市丸といえども、そう簡単には信用できない。
全身で自分を警戒してくるに市丸はやれやれ、と肩を竦めた。
「仕方あらへんな。おとなしく着いて来てくれるとは思えんし、強行突破や」
そんな、市丸の不吉な言葉が聞こえたと思うと。
の視界はぐるりと回転した。
視界に、相変わらず微笑んでいる藍染と地面が見える。
そう、は現在。
市丸に荷物のように担がれている状態なのだ。
「離せ……!」
その状態に気づくとは、市丸の肩の上で暴れ始めた。
いつもの余裕も、既に無い。
「そんなに暴れると落ちてしまうよ?」
「なら、離してくれるように言ってください」
「それは無理やなァ」
楽しそうな市丸と藍染は、不満そうなを尻目に『解錠』した。
市丸に至っては、さり気なくにセクハラをしつつ、肩に担いだ状態のままで。
「え、ちょ、それはセクハラ……!!」
そんなの叫びは、無情に響くだけであった。
…………そして、自分が魂葬されずに済んだという事実をは知らない。
流されて、ハンカチーフ
(それは俺自身。流れに身を任せるしかないからさ)