「ギン、俺が死んだらどうする?」
唐突に、はそんなことを聞いてきた。
誰もが一度は考える、自分の死後。
は数年前、同じ事を聞いたことがある。
最も、それは「死んだらどうなるのか」ということであったが。
「なんや、いきなり」
「いいから答えて」
やけに真剣な瞳で、は市丸を見た。
市丸は軽く溜息をついて、の方を見やる。
「決まっとるやろ。とボクとで一緒におるんや。もちろん、尸魂界で」
それ以外に何があるのか、ということを含ませて、市丸はを抱き寄せた。
だがの表情は晴れることなく、どこか憂いを帯びた表情で市丸を見た。
「………?」
そんな様子のおかしいに、市丸も気づいた。
ぎゅっと、にしては珍しく、自ら市丸に抱きついてくる。
これはこれで嬉しいのだが、がおかしいことが気がかりだ。
「心配すること、あらへんよ。ボクがおるやろ?」
優しく抱きしめて、市丸はの耳元で囁いた。
するとは、市丸の胸に顔を埋めてきた。
まるで、市丸に縋るように。
「何かあったんやろ?どない、した?」
子どもに言い聞かせるように、優しく、優しく、市丸は言った。
あやすように、背中を撫でて。
ゆっくりとを落ち着かせていく。
そして、はゆっくりと口を開いた。
「夢を、見たんだ。俺が、死ぬ夢」
「たかが夢やろ?」
それだったらどんなにいいだろう。
はそう呟き、ぎゅっと市丸に抱きつく力を強める。
「分かるんだ。これは正夢になる。俺は、死ぬ………」
無理に顔を上げ、泣きそうな顔をしては言う。
市丸はそんなの頭を自らの胸へと強く強く引き寄せる。
「大丈夫や、大丈夫。は死んでも独りやない。ボクが、おるから……」
不安定なは、市丸と出会った当初の独りぼっちなとどこか似ていた。
何も言わず、目を閉じる。
しばらくすると、寝息が聞こえてきた。
恐らく、その夢を見てから寝ていなかったのだろう。
己の腕の中で心地良さそうに眠るを見て、市丸は笑みを浮かべた。
まさか、自分がここまでひとりの人間に固執するなんて思わなかった。
きっかけは単純。
が、“彼”の面影を持ち、同じ名前を持っていたから。
始めは疑っていた。
だけどが成長するにつれて、記憶の中の“彼”と重なり始めて。
そのとき初めて、が“彼”なのだと知った。
ならば、今、が感じているものは――――
「そろそろ……時が来るんか」
の髪を梳きながら、市丸はぽつりと呟いた。
そんな市丸の視線の先には、穏やかなの寝顔。
市丸は自分を無条件に頼ってくるを、愛しく思った。
それから数日後。
憂いのない、いつも通りのの姿が浦原商店にあった。
いつもの場所で、アイスを食べながらは向かいに座る浦原を見た。
「俺、そろそろ死にますから」
まるで世間話のように切り出された、話。
浦原は思わず、アイスを掬うスプーンの手を止めた。
「……は?」
数秒のち、浦原の口から零れたのは素っ頓狂な言葉にならないもの。
はそれにくすくすと笑いながら、もう一度言う。
「だから俺、もうすぐ死ぬんです」
その言葉の後、また訪れるしばしの沈黙。
やがて浦原が口にしたのは、冷静な一言。
「………そうですか」
「そうです。ちなみに、浦原さんの言っていた意味、分かりましたから」
悪戯っぽく笑いながらはアイスを頬張った。
その言葉が意味するのは、自分のこれからが分かってしまったこと。
浦原はに気づかせるつもりで、その言葉を言ったわけではない。
ただ、が鋭かったというだけの話。
「……俺は、死神になるんでしょうか」
「斬魄刀も持って、卍解まで出来て何を言うんですか。それに、死神にならないとアタシに会えませんよ」
そう言うと、浦原は持っていたアイスを置き、の方へと腕を伸ばした。
そのまま、きょとんとしたの頭を浦原は撫でる。
「また会いまショ?」
浦原の言葉には頷く。
そして、当然だと言わんばかりにスプーンで掬ったアイスを浦原の口に押し込んだ。
「ほわくひゃいんひぇふか」
「口にものを入れたまま喋っちゃいけないんですよ」
アイスが冷たくて、まともに言葉を発せられない浦原に、そういうことをした張本人であるがさらりと言った。
浦原は誰がそれをやったんだ、という目をしてを見、残りを飲み込んだ。
「……まったく、アナタという人は………」
やっと発せられた言葉は、呆れの言葉。
それにはくすりと笑った。
「で、浦原さんは何を言おうと?」
「ああ、それですか……。アナタは怖くないんですか?自分に訪れる、死を」
の質問に真剣な瞳をした浦原が答える。
それは問いに問いを返すというようなものであった。
はその質問に対して、浦原と同じように真剣な、しかし優しい瞳をして言った。
「怖いです。でも俺、死んでも独りじゃありませんから。俺を、待っててくれる人がいます」
だから自分は大丈夫なのだと、は言う。
その時のの瞳は、浦原が今まで見た中で一番、優しい瞳だった。
「でも俺、約束が守れないことだけが悔しいんです」
しかし、次の瞬間に見たのは寂しそうな瞳。
その約束をした人物に対し、申し訳ないと言うような瞳。
だが、浦原が瞬きをするとそんな瞳はなくなり、いつものがいた。
「とにかく、俺は何があっても必ずここに来ますから」
だから、安心してください。
そう言うに、浦原は確かに安堵した。
そして、更に数日後。
は、大きな傷を負った空っぽな身体を残してこの世から消えた。
意識を失う寸前、既に魂魄の状態であったが最後に思い出したのは――――
一護と交わしたあの約束だった。
果たすことのできない、約束。
その意識のどこかでは、呟いた。
「ごめんな、一護―――」
そして、を白い光が包んだ。
「……?」
自室のベッドに転がっていた一護は呼ばれた気がして、飛び起きた。
けれども、誰もいない。
空耳か、と呟き窓の外を見ると、いつの間にか雨が降っていた。
「雨か………」
雨、といえば母親が死んだことを思い出す。
と、以前は少し暗い思いを抱いていたが今はそれほどではない。
彼が、いてくれたから。
彼と出会ってから、生活は見違えるようになった気がする。
そして、この間交わした約束。
あれが果たされたら、一護は想いを伝えようと決心していた。
彼なら……ならば、受け入れてくれる気がする。
そう、淡い期待を抱いて。
一護は、もう一度窓の外を見た。
…………………どこかで何かが光った気が、した。
そしてまた世界は廻る
(彼を失くしても、変わらない毎日が始まる)