先日、日番谷に会ってからは周りに注意するようになった。
死神に気づかれてはいけない、という市丸の言葉を守る為、ある日はバイクで海岸線を走り、ある日は公園でほのぼのとしている。
の一日は、穏やかで、平和だった。
が、一度あることは二度あり、二度あることは三度ある。
今度はそれが合わせて来たらしく、はよりによって大学の構内で死神らしき二人組を見つけてしまった。
は無視するんだ、と自分に言い聞かせ、その二人と擦れ違う。
だがその瞬間、はそのうちの一人に、とあるものを見つけてしまった。
「つ、角………?」
ぼそりと呟いた驚きの声。
相手はそれにぴくりと反応したかと思うと、声のした方向……つまりはの方を振り向いた。
絡み合う視線。
そして相手方のやけに驚いた顔。
互いが見詰め合うこと、およそ数秒。
は沈黙に居た堪れなくなったのか、くるりと踵を返し、構内を走った。
「追うぞ、檜佐木!」
「え、阿近さん!?」
走る角有り死神(多分)と、69という頬に描かれた数字が目立つ死神(これは決定事項だ。死覇装を着ているのだから)。
角有りの方は、阿近。
69マークは、檜佐木。
はそう、走りながら名前を反復した。
どうしてこうも、俺は死神と遭遇する回数が多いんだ!
そう心の中で思いつつ、は勝手知ったる構内を走り回る。
途中で、友人やゼミの教授に話しかけられたような気もするがは気にしない。
とにかく今は、あの二人組から逃げる事が大事だ。
そう、思っていた。
が、相手は死神(とそれっぽい人)。
人生はそう甘くなかった。
「捕まえたぞ!!」
とある空き部屋に潜り込んだはいいが、壁を擦り抜けて二人は現れた。
失念していたことに、は密かに舌打ちをする。
だがそれは相手に知られることはなかった。
「お前…俺たちが見えるんだな?」
「見えてなかったら、始めから逃げてません」
阿近の言葉に、は開き直って答える。
もう、何が来ても無視したりはしない。
死神だろうが虚だろうがなんだろうが、関係なしだ!!
はもうヤケになり、そんなことを考えていた。
一々、死神やらなんやらを気にしていたら生活も出来ない。
「で、なんで逃げた」
「反射的に。そんな雰囲気があったもので。それに、追いかけられましたし」
「……逃げられたら追いかけるモンだろーが」
平然と言ってのけるに、檜佐木は疲れたかのように肩をがくりとした。
どうやら、相当苦労しているようだ。
が見ても、そう判断できた。
自分が市丸に振り回されている身なので、彼の気持ちは分かるような気がする。
ぽん、と労わるように肩に手を置き、にっこりと笑うと檜佐木は、ふいっといきなりから顔を逸らした。
それが気になり、は檜佐木の顔の方向に移動するが、そうすると檜佐木はまた別の方向を向く。
なんだかそれが楽しくて、はぐるぐると檜佐木の周りを回っていた。
その光景をどこかで檜佐木は見た気がする。
いつだったか忘れたが、それはを最初見たときにもそれは感じた。
だがあの時は、今はいない、記憶の中の存在だけのあの人に似ている感じが上回っていたが。
「お前ら、何がしたいんだ?」
そんな様子に見かねて、阿近が口を開いた。
それを合図に、二人はぴたりと止まった。
は一度、檜佐木を見上げると次は阿近の方を見た。
否、正確には阿近の角を、だが。
「……なんだよ」
「角、触っていいですか?」
………………。
きらきら。
………………。
きらきらきら。
「……無理ですよね、やっぱり」
残念そうな、そして寂しそうな。
その様子はまるで、拗ねた猫だ。
一護には見せた事の無い、自分より年上の人にしか見せられない子どものような表情。
それを見た阿近と檜佐木は慌てた。
「どうにかしろ、檜佐木!!」
「どうにもなりませんよ!阿近さんがおとなしく触らせればいい話でしょうが」
檜佐木の言うことはもっともだ。
阿近が角をに触らせればいいのだから。
「仕方ねーな………」
渋々、といった感じで阿近がに向き直る。
はやった、という風に嬉しそうだ。
背伸びをして、阿近の角に手を伸ばす。
そしてそれを、ゆっくりと触った。
「結構、硬いんだな………」
「当たり前だ」
柔らかい角なんてあるか、と阿近は言う。
それもそうだ、とは返した。
「どうもありがとうございます、えーと………」
「阿近だ」
「ありがとうございます、阿近さん」
ふわりと、は笑った。
その笑みに、阿近は目を見開く。
阿近はこんな風に笑う人物を知っていた。
同僚の失敗に巻き込まれて笑っていた、彼。
笑顔が綺麗で、
それでいて、強い。
ある意味、最強で、
皆に好かれていた―――
けれども一つだけ残ったあの笑みに、は似ている。
阿近はそう思った。
あのときを最後に、もう見ることは無かった彼。。
灰色の瞳も雰囲気もそして先程の笑みも、目の前の死神が見える程霊力の高いこの青年に似ていた。
だがそれは“似ているだけ”。
檜佐木もびっくりしていたようだが、彼は今はもういない。
けれども目の前にいる彼は、双子のように瓜二つだ。
だが唯一、似ていないことといえば、“彼”は尸魂界にいたということ。
尸魂界にいること……現世で生きるものにとって、それは死を意味することだ。
だが目の前の彼は生きている。
他人の空似だろうか、と阿近は、檜佐木は、思った。
「ところで、貴方の名前は?阿近さんの名前は聞きましたけど、貴方はまだですが」
「檜佐木修兵だ。俺も名乗ったんだ。お前も名乗れ」
人に名前を聞いておきながら、自分の名前は告げていなかったに檜佐木が言った。
それもそうか、とは頷き、名前を告げる。
「です」
それを聞いて、二人は凍りついた。
「「……、だと………?」
その名前は、尸魂界にいた“彼”と同じもので。
同姓同名だとしても、二人の目の前にいるはその“彼”に似過ぎていた。
まるで、彼が現世で生きているような錯覚を二人に与える。
再び驚きに目を見開く二人を、はきょとんとした顔で見ていた。
「俺の名前に、何か………?」
「いや、ただ少し昔の知り合いに名前とか顔が似てただけだ。他人の空似だと思うんだけどな………」
誤魔化すように、檜佐木は言う。
きっと気のせいだ。
そう二人は自分に言い聞かせる。
“彼”が生きているなんて、有りえないのだから。
「世の中には似ている人、三人はいるって話ですからね」
檜佐木の言葉にはいたって穏やかに言う。
にとって同姓同名なんて、珍しくないのだ。
同級生にも、同姓同名はいた。
世の中は広いし、顔が似ている人物だって二、三人いるだろう。
「まあ、そうだよな………」
阿近はの言葉に頷いた。
考えてみればそうだ。
“彼”が尸魂界にいたのは、もう十年以上も前の話で。
仮に“彼”が現世で生活していたとしても、阿近や檜佐木を見てなにもリアクションをしないわけが無い。
が演技している可能性もあるのだが、が阿近の角を触ったときの様子や今までの言動を見ても『初めて』といった感じであった。
気のせいだと、二人は再確認する。
そんな時、三人の目の前を地獄蝶が通り過ぎた。
阿近と檜佐木がこんなところまで来る羽目になった、元凶だ。
大学構内で見失ってしまった蝶。
それが、今、三人の目の前にいた。
「捕まえるぞ、檜佐木!!」
「あ、コラ待てっ!!」
狭い部屋の中で、地獄蝶を捕まえようとしてドタバタと走り回る阿近と檜佐木。
だが蝶はそんな二人をひらりひらりと避けていた。
「そんなに騒ぐから、捕まえられないと思うんだけど………」
ぽつりとは呟き、人差し指を伸ばした。
蝶はの指を見つけると、素直に寄っていき指に留まった。
呆気なくに捕獲された地獄蝶を見て、二人はぽかんとする。
「はい、どうぞ」
近くにいた檜佐木に、は蝶を渡した。
地獄蝶は今度はおとなしく、檜佐木の指に留まっている。
檜佐木は戸惑いながらも、蝶を受け取った。
阿近と檜佐木のに対する疑問が増えた瞬間であった。
目を閉じれば思い出す
(彼の姿は今でも忘れない。約束したからね)