夏も近づく五月下旬、空座町は異常な暑さに見舞われていた。
夕方になってもその暑さは変わらず、一護の家から帰宅途中のはその歩みのペースがいつもより落ちている。
暑さに弱いにとって、この道のりは地獄だ。
自然と歩む足は止まり、目は、自動販売機やコンビニを探す。
だが生憎、周囲には該当するものがない。
はぁ、とが溜め息をつき、歩き出そうとした時。


「お困りのようですね?」


声が、した。
確か近くに人はいなかったはずだ。
なにしろ、ここはこの時間帯、ほとんど人の往来がない。
は自分以外、人が通っているところを見たことがないのだ。
声をかけられたことに驚きつつ、は振り返った。
そこにいたのは、帽子を被り、下駄を履いている男。
そんな男に対するの第一印象は、『胡散臭い』だった。
特に理由は無い。
だがなぜか、そんな気がしたのだ。


「何か、用ですか?」


躊躇しながら、は言った。
男はじっと、を見ている。


「………なんでしょうか?」


見つめたまま、何も言わない男に怪しく思いながらも、は話しかけた。
すると、男は我に返ったらしく、にこやかになんでもありません、と言う。


「アナタ、顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
「……そんなに悪いですか?」
「はい」


即答され、はまたやった、と思った。
どうりで頭がくらくらするし、喉が乾くはずである。
軽い熱中症に、いつのまにかかかっていたのだ。
帽子を被ってくればよかったと思いつつ、は頭を押さえた。
どうやら、症状を自覚したが故にさらに悪化したらしい。
先程までなかった頭痛がを襲っていた。


「とりあえず、ウチで休んでいってください」
「え、あ、あの?」


男はの腕を掴み、ずるずるとすぐそこの路地を曲がった。
するとそこにあったのは、一軒の店。
『浦原商店』と看板に書かれているが、どうも繁盛しているようには見えなかった。


……こんなところに店なんてあったっけ?


謎に思いつつも、は店内へと引っ張られていく。
中は駄菓子屋さんのような雰囲気だったが、店員は誰もいなかった。
そのままは、近くの部屋に連れて行かれる。


「ちょーっと待ってて、くださいね。飲み物、とってきますんで」
「はあ……。お構いなく」


店の方へ向かって行く男を見届けながら、は生返事を返した。
ここは冷房が効いていないのに、ひんやりとしていて気持ち良い。
は悪いと知りつつも、横になった。
ひんやりとした畳の感触が、心地よく感じる。
外の暑さが嘘みたいだ。
そう思いながら、は目を閉じた。
しばらく経った頃だろうか。
がうとうととしかけた頃、頬に冷たいものがあたる感触がした。
目を開けて確認してみると、頬に当たっていたものは昔懐かしのラムネ。


「………ラムネ?」
「ちょうどいい感じに冷えてましたからね。どうぞ」
「ありがとうございます」


昔ながらのビー玉が入ったそれを、は受け取るとこくりと一口飲んだ。
乾いていた喉に、しゅわしゅわと炭酸が染み込む。
懐かしい味だった。
はそれを飲み干すと、テーブルの上に置く。


「何円ですか?」
「お代はいいですよ。そうですねぇ……、アタシの話し相手になってくれませんかね。
 この通り、暇なんッスよ」


ぱたぱたと扇を扇ぎながら、男は言った。
はそれで良いのかと問いかけたが、返ってくる男の言葉は同じ。
商店がそれでいいのかと思いつつも、は言葉に甘えることにした。


「浦原さん、でしたっけ?」
「そうッスよ。アタシは浦原喜助、ここの店長です」


浦原は、よろしくお願いしますよ、サンと言った。
その言葉に、は引っ掛かりを覚える。


「……俺、貴方に名前を教えましたか?」
「教えてもらってないですね」


否定することなく、あっさりと肯定をする浦原。
ならばなぜ、自分の名前を知っていたのだろう。
今、自分は名前を知ることのできるものなど持っていない。
それなのに、だ。


「…なら、なんで知ってるんですか」
「秘密です。強いて言うならば……」



「アタシにとって過去。貴方にとっては未来。そこでアタシは知ったんですよ」



浦原の謎の言葉は、その時のを混乱させるだけであった。



その言葉の意味をが知るのは、それから約一年後のことである。







































、楽しそうやね。なんか、あったん?」


市丸の膝に頭を乗せて、和んでいるを覗き込みながら、市丸は言う。


「うん、ちょっと」
「ボクに隠し事とはええ度胸や」


はぐらかしたようなの言葉に、市丸はの額をデコピンする。
力は加減はしてあるそれに対抗して、は起きあがり市丸の頬を摘む。


「お返し」


左右に頬を伸ばしながら、はくすくす笑う。
どうやら市丸で遊んでいるようだ。


「……ほんま、ええ度胸や。ボクを舐めたらあかんで?」


そうして反撃に出る市丸。
それに対抗する、



二人の子供のような遊びは、しばらく続きそうだ。






日に日に変わっていく世界

(それが当たり前で、だから俺は気づかなかった)