今でも忘れられないものがある。
アイツの目の色。
優しい、色。
俺はあの色が、大好きだった―――
やさしいおもいで
(懐かしすぎて、涙が出そうだ)
「だからここはプラスになって―――」
目の前で自分に勉強を教えている青年を、一護はじっと見ていた。
彼は三日前、一護の父である一心が連れて来た家庭教師だ。
名前は、。
年は二十歳の現役大学生。
確か……医学部だった気がする。
そんなことを一護はぼんやりと考える。
人の名前を覚えるのが苦手な一護にしては、珍しく一回で覚えたのが彼だ。
それは恐らく、彼に対する第一印象が深く関わっている、と一護は確信していた。
「……聞いてるのかな、一護くん?」
教科書で軽く頭を叩かれて。
一護ははっと我に返った。
を見てみると、彼は苦笑しながら一護のテキストをとんとんと指差している。
このページをやれ、ということだろう。
一護はすぐにそれに取り掛かった。
しかし、学校で習った事の復習であるそれは一護にとって簡単で。
やるふりをしながら、ちらりとを見てみた。
真っ黒な漆黒の髪。
それは襟足が少し長く、時々邪魔になるのだろう。
たまに、妹たちに遊ばれているのを見たことがある。
手にある教科書のページを捲るその指は、肌と同じく白く、細長い。
顔や身体のパーツ一つ一つが綺麗に整っていることは、一護にもすぐに分かった。
だが、なによりも一護が惹かれたのはその瞳だ。
クォーターであるらしいのその瞳は、綺麗な灰色。
一護はその瞳が、独特の雰囲気を醸し出していることを知っている。
最初に感じた、あの優しく不思議な雰囲気は、一護を安心させる。
「また余所見だ。その様子だと、問題は解けたと取っていいんだね?」
「…一応」
一護はぶっきらぼうに言うと、ノートを差し出した。
はそれを受け取り、採点をしていく。
さらさらとボールペンの動く音だけが、部屋に響く。
一護はの持つペンをじっと見ていたが、何か思うところがあったのだろう。
静かに口を開いた。
「一つ、聞いていいか?」
「ん?」
「なんでアンタは俺の家庭教師なんか引き受けたんだ?対して、給料も出てねぇのに」
一護のその問いに、は採点をしながら答えた。
「面白そうだったから」
「は!?」
予想外の答えに、一護は素っ頓狂な声を上げた。
はその一護の反応にくすりと笑いを漏らすと、ノートを手渡す。
「冗談だよ。ただ会ってみて、一護くんなら教えれるって思ったんだ。
実際、面白いんだけどね。一護くんたちは」
はそう言って、手にあった教科書を閉じ、机に置いた。
今日はここまで、という意味だ。
したがって一護は、立ち上がって道具を片付け始める。
「ところで、一護くん」
「なんだよ?」
一護は片付けていた手を止め、の方を見た。
いつの間にかは一護の後ろにいたので、自然と一護は少し上を向くことになる。
は、少し面白そうな顔をしていた。
「いつになったら俺の名前、呼んでくれるんだい?」
と、は楽しそうに問いかける。
一護は少し俯いて、その言葉に答えた。
「…何て呼べばいいか分かんねぇし」
「別に俺はなんでもいいんだけど。遊子ちゃんみたいに“さん”でもいいし、
夏梨ちゃんみたいに“兄”とか、いろいろあるだろう?」
一護の小さな声を拾ったは、そう言った。
しばらく一護は考えている様子だったが、意を決したように顔を上げる。
「俺、一護でいいからな」
「え?」
「“くん”なんていらねぇって言ってるんだよっ!柄じゃねぇし……」
それはと言っていたこととずれている気もする。
だがはそんなことを気にしないのか、その言葉を聞いて悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、俺のことは“”って呼ばないとな」
「な……っ!」
は一護より、6歳も年上だ。
一護が呼び捨てで言えるはずがない。
間違いなく、失礼に当たるだろう。
「俺がいいって言ってるからいいんだ。一護とは、対等でいたいから。
『先生と生徒』っていうより、友達みたいな感じだと思ってくれていいよ」
一護のオレンジ色の髪をくしゃりと撫でながら、は言う。
「分かったよ…」
一護の返事を待っていたは、一護の言葉に今度はふわりと笑った。
その時のの瞳が、優しい灰色をしていたことを一護は覚えている。
「イッチゴー!元気にお勉強してるかーいっ!?」
「うるせぇよ、バカ親父」
「ゲフッ」
お茶を片手に入ってきた一心を、一護は足蹴にした。
が、一心も器用なものでお茶を零さず倒れ伏す。
そして、託すようににお茶を差し出した。
「これを受け取ってくれ、くん………!」
「ありがとうございます」
いたって普通にお茶を受け取ったはそれをテーブルに置くと、まだ漫才もどきをやり続ける父子を見やる。
一心も学習しないのか、それともわざとやっているのか。
一護をからかっては、蹴られたりそれを避けたりしている。
そのうち、夏梨や遊子も入ってきて。
「あーっ、お父さんずるい!!お兄ちゃんと遊んでる!!」
「バカっ!どーやったら、親父と遊んでるように見えるんだよ!!」
「はははっ!遊子も混ざるかー?楽しいぞ!!」
「うんっ!やる!!」
そうして遊子も乱入し、ただでさえ狭い一護の部屋は一護VS一心&遊子になっている。
一心相手には手加減無用で応戦できるのだが、さすがに遊子相手には一護も手出しできない。
みるからに劣勢だ。
「あー…遊子もよくやるね」
「きっと、遊びたかったんだよ。夏梨ちゃんは参加しなくてもいいの?」
「あたしは、ストッパー役。兄と一緒だよ」
「そっか」
冷めた夏梨だが、内心は楽しそうにしていることをは知っていた。
母親がいない家庭。
それでも一護が、一心が、夏梨が、遊子が、精一杯楽しんでいる。
自分には両親がいるけれども、少しだけ、は一護たちが羨ましかった。
同時に、ここにいることで“家族”になれたような気がして楽しい。
自分は、あまり両親に構ってもらえなかったから。
別にそれが嫌だったというわけではない。
それはそれで、は彼に出会うことができたのだから。
けれどもこんな“家族”のカタチもいいな、と思う自分がいた。